里山を守る、お肉を活用する、ツアーを作る、ケモノの職人たち 猪鹿庁(けもの塾合宿 その2)
岐阜県郡上市の里山保全組織「猪鹿庁」。農家集落支援に続いての現場は、森。
郡上のもう一つの産業、林業を守るお手伝いも
写真の通り。郡上市は山ばかりで、市面積の90%以上が森林でその半分以上が人工林となっています。林業は、農業と肩を並べる郡上のもう一つの産業です。猪鹿庁では、「森林動物共生サポートセンター」といって、林業者向けに郡上の森林を適切な状態に保つことのお手伝もしています。
森林の芽をケモノが食べてしまう!
木材を収穫するために伐採された森林、特に対象となるエリアの森林の樹木を全て伐採する「皆伐(かいばつ)」された森林の若い芽は鹿やカモシカにとっては大好物。本来、新たな木材になるはずの樹木が食べられてしまったままにしては禿げ山になり、また、その状態を放置しては、土壌の流出や山の保水機能の面からも土地の住民の皆さんの生活を直撃します。
ここで登場するのが猪鹿庁!皆伐後の幼樹が鹿害を受けずに育つことを目的に、獣たちを「獲る」ことの他、森林を「守る」活動も。猪鹿庁は狩猟集団という縄文人的な側面だけではなく、山を守る里の人の気持ち合わせ持っています。
現場をみんなで見学。
この辺りはクサギやタケニグサの聖地でケモノによる食害が多いところ。
獣除け用にロケット花火を改造した銃。音で威嚇して、ケモノたちを追い払います。
活動の範囲は、森林被害や生育状況の調査を行ったり、有害鳥獣の駆除、森林所有者や林業者への人材育成支援など、猪鹿庁の「森林動物共生サポートセンター」の2名の専任者を配置して業務を行っています。
皆伐された区域に獣が入ることを防止するネットの設置や見回りなどが猪鹿庁の主な役割。この場所の場合は、皆伐された2.2ヘクタールの森林に植栽を行い、2年をがかりで合計2.2ヘクタールものエリアにネットを張りました。
ネットを張るの?ここに?誰が?どうやって?
ひと口に2.2ヘクタールといっても、その区域は広大。
遠くから眺めるとなだらかに見えていた山並みも実際に足で歩いてみるととても大変。息が切れます。この全長数百メートルにも及ぶネット、猪鹿庁主催の植樹イベントで、参加者みんなで設置作業を行いました。
ネットの張り具合は加減が大切。
ネットはピンと張っていれば良いということでもないのだそうです。張りすぎるとネットの下のスキ間から獣が侵入してくるので、3メートルおきにある支柱の間に張ったネットの目を数えながら、ちょうど良い加減に設置していきます。
現場の作業だけではなく、捕獲方法をはじめとする知識や技術の向上に向けた林業者向けの講習会を開き、知識の移転も進めています。
山を守る、獣を獲る、技術や知識を広める、というサイクルを作ることで、森林と獣と人間が上手に共生しあうモデルを生み出そうとしています。
続いては、解体処理施設「ジビエITAYA」で鹿の解体を見学します。
施設のオーナーの坪井さん(左)と解体処理専門員の籾山さん。
籾山さんは、猪鹿庁で「衛生管理課」に所属。年間およそ120〜130頭の猪鹿を解体した時期もあったそうです。でも本業はいちご農家さんなんですって。
「ジビエ ITAYA」は個人所有の施設で、坪井さんを中心に猟師仲間の大工さんや鉄工所の社長さん達と建てたそうです。
解体処理施設には保健所の許可が必要で、猪鹿庁では衛生マニュアルを作成し、衛生面に気を配った解体処理を心がけているそうです。また、マニュアルには肉の品質を落とさないために、猟師さんが使用する弾の種類や、止め刺しの部位、放血の手順も記載されています。
いよいよ、解体スタートです。
この鹿はメスで3歳くらい。すでに内臓は取り除かれていて重さは25kgほどです。鹿の年齢は体の大きさの他、歯の数や磨耗具合でもわかるのだとか。オスになると70kgの大型になるものもいて、車に載せるのもひと苦労です。
最初は足先を関節で切り落とし、後ろ足から皮をはいでいきます。解体の手順は、(1)足を落とす、(2)後ろ足から頭に向かって皮はぎ、(3)おおばらし(肩・ロース・バラ・モモ)、(4)脱骨、(5)整形・トリミング、(6)保存(真空パック・冷凍)といった手順で進んでいきます。
皮をはぐ手つきが鮮やかです。
皮を剥ぐ時の一番注意するポイントはお肉に毛をつけないこと。本来お肉にはほとんど細菌はついていません。しかし、体毛についた細菌が肉に付着する恐れもあります。なので、ナイフも手袋もこまめに替えます。
ハラの部分は、血が多いのでとくに注意が必要です。
食肉として販売するので、解体作業では衛生面に気をつけることがもっとも重要。
籾山さん曰く「売り物なので、汚れや血がついているところは容赦なく捨てます」
天井から懸吊された状態で作業をするのも、毛や床のゴミが付着しない工夫の一つです。
また、捕獲の段階で、鹿が暴れまわり傷ついたところからも細菌が入り込んでしまうことがあります。籾山さん曰く「鹿もイノシシもは鉄砲の首打ちが一番望ましい」。罠や檻だとどうしても暴れて傷がつき肉が傷んでしまうところがでてきます。こういった捕獲時の情報を受け入れの時に狩猟した猟師から状況を聞き取り、受け入れ可能かを判定し、記録表へ記入します。
もう片方の後足も。
切れ目が美しい。見学者からも感心の声が漏れます。
ナイフを肉に添わせるようにして動かすと、皮が薄く剥がれていきます。
今回の鹿は脂が多め。夏から秋にかけての脂ののった時期の鹿は美味しい。
そろそろ皮はぎも終わりに近づいてきました。首まで皮をはいだら頭を落とします。首の骨は硬いのでノコギリを使って落とします。
一度の解体作業でナイフはおよそ4種類使います。足落とし、皮剥ぎ、大ばらし、骨抜きで使い分け。ナイフの形にはあまりこだわらず短い方が使いやすいようです。
皮剥ぎ完了。ここまでで約20分。
次は大きく部位に切り分けていく「大ばらし」というステップです。
足先を取り除き、皮を剥いだ枝肉という状態から、各部位のお肉に分けていく作業を「大ばらし」と言います。肩は腋の下にナイフをいれ、肩甲骨のところを半月型に動かしていきます。ロースを傷つけないように慎重に。
続いてロースへ。腰の部分にナイフを入れ、首まで一息に切り下ろします。
モモは股関節をはずすように、ナイフを入れていきます。
表面の薄い膜を一枚ペロッと剥いた後、モモは大きく、スネ、内モモ、外モモ、真タマと4つの部位に分けていきます。
ジビエITAYAの販路は主に地元の道の駅や飲食店。イタリアンとフレンチが多く、名古屋や東京からの注文もあります。ブロック肉で売れないお肉はフランクの原料になります。
猪鹿庁 広報課デザイナー兼調理人「やっさん」による「エコツアーの企画運営の考え方」のセミナーも開催されました。ホームページやFaceookでの情報発信の他、ファンづくり、ブランドづくりの一環としてのエコツアーを企画・運営。猟師一本で食べていくのはまだナカナカ大変なので、これも大切な収入源。
猟師はかっこいいんだよ、猟師が里山を守るんだよ
やっさんは、そのツアーで何が体験できるか?経験として持って帰ってもらうか?ということを心に留めながら、写真も現物よりもよく見えるくらいクオリティにこだわっています。また、外にどう発信していくか、ということはもちろん、自分がワクワクするアイデアをどんどん形にしています。
例えば鍛造ナイフマスター講座や、罠(トラップ)マスター講座、親子やライトな人向けの「とってさばいて食べる」体験、皮なめし教室になめこ狩り、果ては冬山鉄砲抱えて縦走ツアーなどなど、活動の範囲に枠をハメることなく、自分が参加したいと思えるものを大事にしています。
参加者とスタッフをつないで次の「その後の」活動につなげていく。猪鹿庁のスポークスマンは「猟師はかっこいいんだよ、猟師が里山を守るんだよ」ということを伝え続けています。
プログラムの最後は参加者みんなでワークショップ。単に感想を言い合う振り返りではなく、「狩猟コミュニティの盛り上げ方」や「獣害支援のビジネスモデル」といったテーマごとにグループで分かれてディスカッション。猪鹿庁はあくまで獣害対策や里山保全のお手本の一つ。参加者自身が感じている各地の事情やこれからやっていきたいことなどをふまえ、場所も狩猟経験もやっていることも異なる人たちが一緒になって、考え話し合った成果が発表されました。
岐阜県の大学で町づくりを勉強し、ここに骨をうずめる覚悟で郡上の住人になった興膳さん。「郡上の自然も好きで、食べ物も美味いし、何よりも人が大好き」と郡上LOVEの思いを隠すことはありません。
現在の夢は、猪を一頭100万円で売ること。
そのために「この山がいいからお肉が美味しいんだよ」という価値を町の外にも中にも発信、理解してもらうようになって、猪や鹿がキチンと資源として思ってもらえる状態にもっていくことを目指しています。
猪鹿庁は、現在はメンバーも15名となり狩猟民族度も向上。興膳長官をリーダーに、狩猟、解体、皮なめし、ジビエ料理などなどそれぞれの分野のプロが揃う狩猟集団になりました。「さらに仲間を増やし、分担した個性あるプロたちの集団として自立していくことで、日本三大イノシシの産地郡上に自分たちも根付いて産業・雇用が盛り上がるようお手伝いする!」と楽しそうにお話ししてくれました。
このけもの塾で学んだお手本が各地に広まっていくことを祈って、最後にケモノのポーズでハイ!チーズ。
猪鹿庁のみなさん!今日は有難うございました。
(text:西村、photo:市岡 ※一部の写真は猪鹿庁さん提供)
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