使うほどに味がでる!400年の歴史が物語る南部鉄器の美 岩鋳
岩手県盛岡がほこる南部鉄器の始まりは古く400年も昔にさかのぼります。
本日は、1902年(明治35年)創業から伝統の技をまもり、南部鉄器づくりを続けている岩鋳さんへやってきました。1800種類にも及ぶ多数の製品を生み出す岩鋳さんの鉄器館の入口には、体ごとすっぽりゆでられる南部ジャンボ鍋がお出迎えしてくれます!
南部鉄瓶の誕生
南部鉄器は南部地方で作られた鉄の道具や器のことをいいます。南部鉄器の「南部」は、南部信直公が盛岡に城をかまえ、藩主としてこの地を持っていた戦国時代に始まります。
南部藩主は茶道好き
南部藩のお殿様が茶道を好み、京都から御釜師を呼び寄せて茶の湯釜「南部釜」をつくらせました。お殿様の茶道好きが盛岡城下の武家・町人に茶道文化を浸透させる大きな役割を果たしました。呼び寄せた御釜師の3代目小泉仁左衛門さんが、湯釜よりも寸法を縮めて扱いやすくした南部鉄瓶を考案すると、鉄瓶が湯釜に替わって広く使われるようになっていきました。
さっそく南部鉄瓶をつくっている工房へいってみましょう!
今回は、伝統工芸士「三代目清茂」の号を持つ八重樫亮さんの製造現場を見学します。八重樫さん、よろしくお願いします。
120の工程を終えてもまだ完成ではない
おおまかな工程は、デザインと挽型板の製作→鋳型の製作→文様捺し→鋳型の組み立て→鋳込み→型出し、砂落とし→着色です。ただいま「鋳型の製作」の工程です。
この木型という道具をつかって型づくっていきます。今は鉄製ですが、昔は木製だったためそのなごりで木型と呼ばれています。
鉄瓶の大きさにあった素焼きの型をつくっていきます。
素焼きの型の原材料は、北上川の砂でつくる粗めの土と木目の細かい土(鋳物砂)、粘土汁を混ぜたものです。
きめの細かさでわけた砂の層
同じ種類の砂をふるいにかけて、木目の細かさで土を4種類にわけていきます。砂を分ける理由は熱する工程のガスです。木目の荒い土はガスの通りを良くするため早く固まります。
ふるいの目、50目でわけられた粗めの土から
これは絹目でふるいにかけられた最も木目の細かな土です。一番外側の鉄と接する面は、最も木目の細かな砂をつけて文様が付きやすいようにしています。
鋳型の外観がまだ軟らかな内に棒で何か模様をつけられていますね。近づいてみましょう!
なんて細かい作業でしょうか!この文様捺しの工程では、棒で鋳型に文様を一つ一つ付けていきます。
この細かさには圧巻です。
真鍮の棒の先を円錐形に尖らせた霰棒(あられぼう)です。
棒の形の違いで文様に違いが生まれます。
「ごまかしがきかなくて、自分の仕事が正直にそのままカタチとして出てくるんです」と鋳型に向き合う八重樫さん。
八重樫さんの背中から集中力がみなぎっています。
この圧巻技にじっと見入ってしまいます。
次は、鉄瓶の中を空洞にするために中子(なかご)をつくります。
上下2つの中子(なかご)を取り型にそれぞれ土を詰め、両型を合わせて接着します。
次は、溶かした鉄を流す鋳型の組み立ての工程です。鋳型の中に、さきほど形づくった中子(なかご)を入れます。中子を胴型(どうがた)と呼ばれる型の中に入れて組み立てていきます。
外型から中子(なかご)までの2、3ミリという薄い隙間をつくるため型持ち(かたもち)を置いて調整しています。この道3年目の三浦さん、とても真剣な眼差しです。
南部鉄瓶の後ろを見てみると、鉄の厚さが場所によって微妙に違っています。この微妙な鉄の厚さも鉄のかたまりを置いて調整しているそうです。
最後に下の型、尻型(しりがた)を被せて鋳型の組み立ては完成です。鋳型は約5回使用された後、型を壊して再利用されます。
完成した鋳型の両側に板を掛けます。
鋳型に流し込む鉄(生子)を溶かしていきます。
キュポラ(鉄の溶解炉)で鉄が熱せられて真っ赤です。
1.400度から1.500度の高温で30分間、鉄を溶かしていきます。
鉄の色が橙色へと変わってきました。
溶かされた鉄を湯汲み(柄杓)で受けます。
八重樫さん、高温の湯汲みを鋳型まで運びます。これから始まる鋳込み作業にしゃかいか!編集部、息を飲んで様子を伺います。
火の粉が飛ぶ中の鋳込み作業です。八重樫さんが2個の鋳型に続けて鉄を流し込みます。隙間の隅々まで鉄を行き渡らせて細かい模様をはっきり出すために鋳型の上まで鉄を注ぎます。
鋳型の中でじっくりと鉄が固まっていきます。
時間にして30秒かからないくらいで鋳込んだ鉄を鋳型から引き出します。この段階では、まだ鋳型から炎がちらほらと見られます。
真っ赤っかです。
ちょっと鋳型を動かすだけで火をふきます。
だんだんと炎が強くなっています。
中子(なかご)の砂を落とし、鋳型と鋳型の間の出っ張り、鋳バリをとっていきます。
最後の着色の工程です。約250度に加熱した鉄瓶に「くご刷毛(はけ)」という道具を使って漆を焼き付けていきます。
約100度から150度の温度で、黒色、紅色のおはぐろ(錆の分量によってお歯黒の色が変化します)や、茶汁といって煎茶に錆を加えた汁をむらのないように刷きつけます。これは漆の艶をわざと消すために塗ります。
美しい凛とした艶は、着色によって丁寧に拭き上げられてやっと完成です!
八重樫さんには職人技の見学だけでなく、職人の道を歩まれるまでのストーリーもお聞きしてきました!
働くってこれだ!
ネクタイをしめて働く将来は性に合わないと悩んでいた大学時代、当時働いていた料理屋のマスターから「職人仕事が似合うよ」と岩鋳さんを勧められたことが切掛けでした。岩鋳さん工房見学で、先代の文様捺しの作業を目の当たりした八重樫さんは、自分の手で文様を捺していく感覚を味わいたい!作りたい!と直ぐにインターンを希望します。インターンをしてすぐに「働くってこれだ!」と実感し、南部鉄器職人の道を歩むことを決めます。
逃げ場のない「清茂」の号
地道に努力を重ね16年、2010年に南部鉄器の伝統工芸士になります。初代社長、岩清水彌吉さんの一字「清」と、愛称「茂吉」の「茂」をとり「三代目清茂」の号を受け継ぎます。八重樫さんの作る南部鉄器には、いつの時代の「清茂」か、わかるように「清茂」の印と隣には名前の「八重樫」の印が押されます。「自分が作った南部鉄器が印とともに残っていく伝統の重さに逃げ場のなさを感じてしまう」と「三代目清茂」に向き合う八重樫さんは嬉しそうに語ります。
作業場から岩鋳鉄器館作業場への動中にも、岩鋳さんのおしゃれな街灯が立ち並んでいます。
こちら岩鋳鉄器館です。盛岡八幡宮の山車やさんさ踊りの人形が飾られ、すでにスタンバイして待っていてくださいました。
まさかの鉄チャイム、いい音色です。
巨大な南部鉄瓶もありました!隣に座ってみたらこんなにも大きい!
蓋もかなりの重量感!
すでに完成した南部鉄瓶で、文様捺しの工程を体験してみました。間隔や押し加減が一つとも異なってはいけないという緊張の作業に集中の糸が途切れそうです。
岩鋳さんでは、南部鉄瓶のほか、フライパンや鉄鍋などさまざまなキッチンウェアを製造しています。
南部鉄器は黒というイメージを覆すカラフルな急須が並んでいます。パリの紅茶専門店からの依頼に3年かけて着色方法を研究されたそうです。
本日は、400年という長き歴史をもつ南部鉄瓶の炎に生命を吹き込む現場を見学させていただき三代目清茂、八重樫さん、観光部の小川さん、ありがとうございました!歴史を守りながら新たな挑戦にも挑み続けているからこそ、長く愛用できる優れた商品を生み出し続けられるのですね。
株式会社岩鋳
住所:岩手県盛岡市南仙北2-23-9
電話番号: 019-635-2501
(受付時間:午前8時30分〜午後5時30分、土日祝日は受付できません)
メールでのお問い合わせ:kaikan@iwachu.co.jp
URL:http://www.iwachu.co.jp/
岩鋳鐵器館
営業時間:午前8:30~午後5:30
定休日:火曜日、12月31日、1月1日
URL:http://iwachu.co.jp/demo/museum
(text:坂田、photo:市岡)
しゃかいか!編集部から一言
市岡 祐次郎
南部鉄器の岩鋳さんへ!驚いたのは、工程のほとんどが手作業だったこと。鉄を溶かして型に流し込む工程や、先を円錐形に尖らせた霰棒(あられぼう)という道具で独特の文様を一つ一つつけるところもなんかも職人の技。圧巻でした。ちなみに、最近はカラフルなラインも製造しており、海外でおしゃれ雑貨としても人気だそうです。
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