ヤマナシハタオリトラベル!100 年経っても愛され続けるリネンづくり テンジン
富士山ポーズでこんにちは!
今回は、山梨県は富士山駅からスタート。そびえ立つ富士山に負けない、しゃかいか!渾身のボーズです。
出典 : http://shikenjyo.blogspot.jp/2011/10/blog-post_21.html
しゃかいか!編集部と郡内産地の取材ラウンドをしてレポートをお届けするのは、セコリ荘キュレーターの宮浦です!
この、富士吉田市・西桂町・都留市・大月市・上野原市を含む地域一帯は、郡内産地(通称、山梨ハタオリ産地)と呼ばれています。富士山からの豊富な湧き水に恵まれ、なんと古くは1000年以上も前から!絹織物の生産が盛んになったそうです。
その昔、江戸幕府がお洒落を禁じた時代に、粋なコミュニティでは羽織の裏地にこっそりと派手な生地を使うのが流行りました。まさにファッション。
出典 :http://shikenjyo.blogspot.jp/2012/07/blog-post_9492.html
そんな人たち向けに、裏地用に甲斐絹(かいき)と呼ばれる高価でテクニカルな絹織物を生産していたのが、この産地なんです。そのDNAを受け継いだ、テクニカルで粋な生地をつくる、山梨のハタオリ職人さんたちを訪ねていきます!
ところで、山梨ハタオリ産地の中にある、山梨県富士工業技術センター繊維部(通称、シケンジョ)というところが音頭をとって、工場をめぐる「産地バスツアー」やハタオリマチフェスティバルといったイベントを開催しているのですが、「LOOM」という産地ガイドブックも発行しています。
このガイドブックが産地の歴史や魅力をとてもわかりやすく説明してくれているので、歴史をもっと詳しく知りたい!という方にはオススメです。
今回のしゃかいか!は、この山梨ハタオリ産地の中から4つの工場をめぐってきました。
第一弾のレポートです!
まず行ってみよう!ヤマナシハタオリトラベル MILL SHOP
山梨ハタオリ産地の技術がギュッと詰まったアイテムたちが、富士山駅ビル「Q-STA」 内の「ヤマナシハタオリトラベル MILL SHOP」で手にとって見ることができます。到着直後の必見スポットとなっています!
取材に来た時期は3月、ちょうど、東京造形大学の学生さんとのコラボアイテムが展示販売されていました。可愛い柄が並びます。
そうそう、山梨ハタオリ産地の職人さんと東京造形大学のテキスタイルデザイン専攻の学生さんは、2009年から「FUJIYAMA TEXTILE PROJECT」という産学協同開発プロジェクトを行っています。
学生さんのアイデアと職人さんの技術が重なると、なかなか世の中にないアイテムが生まれます。ライター坂田のテンションもあがっています。
絹の産地として栄えてきたヤマナシ産地は、ネクタイ地や傘地が得意アイテム。さらに、培ってきた技術を発揮してさまざまなアイテムを展開しているのがこの空間からも分かります。
とろけるような肌触りのシルクカシミヤのストールに、学生さんがデザインした鮮やかなプリントが施されています!
ショップ内に並ぶ各工場さんの色とりどりのものづくりを見ていると、「これは、どんな人が作ってるんだろう?」と想像が膨らみます。
さぁ、ハタオリ工場に向かいましょう!
ヤマナシ産地のリネンと言えば!
最初の訪問先は、リネンを織るテンジンさん。駅ナカのMILL SHOPでも見かけた、あの可愛いタオルを織っているところです。
テンションも右肩上がりで工場をバックに、再びポーズ!
工場のお隣は製品のショールームになっています。可愛いリネン製品がお出迎えしてくれました。
そしてこの方が、有限会社テンジン代表の小林新司さん。今日はよろしくお願いします!
光が多く入る、素敵な空間です。
奥さまの貴子さんも同席してくれて、お二人にテンジンさんが展開するリネンブランド「ALDIN」の誕生を振り返ってもらいました。
試行錯誤したものづくりの形
小林さんは、織物工場の三代目。お爺さまの代ではふとん生地を、お父さまの代では傘の生地、裏地、ネクタイ生地をメインに織っていました。小林さんが入社した頃はネクタイ生地の生産がメインだったそう。
当時、設定された売値からの逆算で工賃設定される産業の仕組みに対し、葛藤もあったといいます。
「良い糸を使って手間ひまかけて良い生地作りがしたくても、生地値が先に決まっていたから、それができない状況でした。その枠を超えたものづくりの形がないかと考えていました。」と当時を振り返ります。
アンティークリネンとの出会い
さらに、年々ネクタイ生地の生産も減っていたところ、テンジンさんに転機が訪れました。 ある日、デザイナーである小林さんの妹さんが買ってきたヨーロッパのアンティークリネンを見て「こんなリネン生地が織れないかなぁ」という話になりました。
この植物がリネンです。この茎が原料となり、リネンの糸になります。
時と愛情が刻まれたアンティークのリネンたちを目の前にして、小林さんは、100 年経っても美しく、愛され続けるリネン生地を作りたいと思ったそうです。
工場発、リネンブランド「ALDIN」の誕生!
当時、テンジンさんの工場内にはリネンを織れる機械がなかったので、リネンの糸を取り寄せて、知り合いの工場に持って行きました。
リネンの生地が織り上がるにつれて、「製品にしてみたい!」と思うようになり、キッチンクロスやポーチの試作を作り始めます。これが2000年、リネンブランド「ALDIN」の誕生となりました。
リネン用の機械の導入
リネンブランド「ALDIN」、ネクタイ生地の生産の両輪となって5年が経った頃です。これまでリネンの生地は他の工場に生産をお願いしていましたが、テンジンさんの工場内でリネンの生地を織れる機械を入れる決意をします。
柔らかい風合いや、耳付きの生地を織るために、先代から使っていた高速?の織機から、低速の織機に入れ替えました。耳付きの生地を織れる旧式の織機を「シャトル織機」と呼びます。
慣れないリネン素材で納得のいく生地づくりに試行錯誤する日々が続きます。リネンは乾燥に弱く、糸が切れやすく、織物の中でも難しい素材と言われています。そのノウハウをゼロから築いていきます。
こだわりと愛情が詰まったALDIN商品の肌触りは抜群です。
うっとりします。さらに、使ううちに滑らかさとしっとりさが増すんです。
ついヘルメットを脱いでしまいました。
リネンの糸にする前の原料の状態では、驚きのフワフワ感。製品を使ううちにこのフワフワが滲み出てくるんです。
こんなに素敵なショールームをお持ちで、全国にファンを持つALDINですが、ブランド立ち上げの頃は苦労もあったそうです。いまでこそ、工場発のブランドが増えてきましたが、当時は工場が製品をつくってショップに卸すという前例がなかった時代。
お二人は商品の詰まったキャリーバッグを引いて、東京のショップを一軒一軒たずね、ALDINの魅力を伝えることから始めました。展示会への出展も重ね、雑誌の掲載が決まり、少しずつALDINの名は広がっていきました。
いよいよ工場に潜入!
リネンブランド「ALDIN」のヒストリーを一緒に振り返り、ついに工場の中をご案内してもらいます。ガシャン、ガシャンと爽快な機械音が聞こえてきて、胸も高鳴ります!
ヘルメットを装着して、小林さんの後を追いかけます!
機械音の隙間を縫って、小林さんが工程を説明してくれます。テンジンさんの工場の音は心地良く、ゆっくりとしたリズムです。
これがリネンの糸です。織るために木の管に巻きます。
管に巻いた糸を、「シャトル」と呼ばれる道具に差し込みます。これが、シャトル織機と呼ばれる所以です。
シャトルを織機に装着します。
ビュンビュンと往復して、1本ずつ織り進んでいきます。
ガシャン、ガシャンという音の正体は、このシャトルを左右でハンマーが叩きだす時の衝撃音です。
「自分たちが本当に良いと思えるものを作り、それを長く使ってもらいたい。」小林さんの想いも織り込まれていきます。
工場の歴史の生き証人、ジャカード織機
テンジンさんの工場には、1台だけ織機の上に無数の糸が伸びる機械が目立ちます。これが「ジャカード織機」というタイプの機械で、10年前にリネン用の機械を入れる前までは、ネクタイ用に同じものが4台並んでいました。テンジンさんのものづくりの変遷を見守ってきた唯一の機械です。
ジャカード織機は、糸の1本1本に指示を出せるタイプの機械で、大きい柄を表現することが得意です。
見上げるとこんな感じです。口に吸い込まれそうです。繋がれた糸の1本1本に、「上がって〜、下がって〜」と指示を与えます。
紹介します!ハタオリ道具たち
工場内を案内してもらっていると、気になる道具たちがあちこちに姿を現します。
ご紹介します。クリップのような形状で、糸の上を踊る「ドロッパー」。
糸、1本1本に引っかかっていて、糸が切れた時に知らせてくれる大事な役目を担っています。
この可愛い形の、これはなんでしょうか?
糸を挟み込んでいるようです。
「タイニングマシン」と言い、ハンドルを回すと次々に糸と糸を結んでくれる、とても働き者の機械です。
見覚えのある物体も登場しました!
そうです、ブラシです。糸が絡まないように整えるのに使います。とても大切な工程です。
こちらは、謎の数字列が並んだ、4列のタイポマシーンのような機械。
さきほど登場したタイポマシーンで専用のカードに穴をあけたものが、織機に装着されました。
このカードを「パンチカード」と呼びます。織り組織が、穴の配列で記録されていて、糸に指示を出してくれます。ハタオリ職人さんは、この穴の配列を見るとどんな組織の生地になるのか予測できるそうです。いわば、ハタオリ暗号カードです。
パンチカードは丸めて保管されています。これだけあってもほんの一部とのこと。さまざま織物をつくってきた歴史の長さを感じます。
動きだした織機はダイナミックですが、生地づくりは織り始めるまでの準備にこそ手間と時間がかかります。
経糸(たていと)を整えると書いて「整経(せいけい)」という工程からはじまりますが、数千本もの糸を1本1本織機にかけて、ドロッパーを装着して、パンチカードをつくって…という数ある準備をしないと織り始めることができないんです。
織り始まった後は、糸が切れたら手で結び、左右に走るシャトルの糸がなくなったら補充するので、なかなか目も手を離せられません。
ガシャン、ガシャンと音を立てながら、リネンは優しく織り続けられます。
100 年愛され続けるリネンというのは、作り手と使い手の愛情が結ばれた時に、成り立つ芸術品であり、日用品なんだと学びました。
度々機械を止めて、分かりやすく説明していただき感謝いっぱいです。小林さん、奥様の貴子さん、工場の皆様、本日はありがとうございました!そして、山梨ハタオリ産地の取材は続きます!
【詳細情報】
有限会社テンジン(TENJIN Co.,Ltd)
電話番号:0555-22-1860
住所:山梨県富士吉田市下吉田7-29-2
URL: http://www.tenjin-factory.com/
(text:宮浦、photo:市岡、※一部写真は、シケンジョテキからお借りしました)
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