歴史が透けて見えてくる!ふわりレースのカーテンから、レースの可能性探求ラボ活動へ 荒川レース工業

植物や幾何学のリピート柄がゆれる、レースの森からこんにちは!
ものづくり系クラスタ、今ちゃんです。ふんわり透ける気配に包まれて、なんだか優しい気持ちです。

レースの森から

やわらかく太陽光を取り込むリビングルームのカーテンや、清潔できっちりした印象のタクシーの座席カバー。襟元や肩のフリルに少しレースがあるだけで爽やかで優しい印象になるブラウスや、刺繍模様とともにフェミニンさが可愛いインナーウェア。
私の身の周りのレースのある風景を連想すると、おはよう朝日から深夜タクシー、そして仕事の時間からパーソナルなシーンまで、さまざま浮かんできます。

レースと共にある日々、そして人生...!
あわわ。不意に、話が壮大になってきました。

レースの世界に吸い込まれそう

上品さ、荘厳さ、たおやかさ、穏やかさなど、レースの持つ色んな美しさに思いをめぐらすと、それが全てこの細い糸の集合するパターンで編まれているなんてすごいなぁと、思わずレースのカーテン生地にぐーっと顔が近づき、気づけば寄り目に。

レース生地をじっくり見る

レースは、どこから来てどこへいくのか?

歴史をひもとくと、中世ヨーロッパの王侯貴族の間で富と権力の象徴として人々が熱狂した手工レースは、熟練した技術者がとても長い時間をかけてつくり上げる非常に高価なものだったと言われています。姫も騎士も宰相も司教も夢中になった、魅惑のレース。そういえば、音楽の教科書に載っていたモーツァルトの自画像も、襟元にはひらひらレースを身につけていました。あぁ、ベルサイユのばらの世界!思わずうっとりしちゃいますね。

吸い込まれそうなミステリアス、そしてポエティックな存在。今日はものづくりの現場から、そんなレースの魅力に浸りつつ、レースの成り立ちをたどると共に、これから向かう未来をのぞいてみたいと思います。さぁ、レースの時間が始まりますよ〜!

社屋の前

絹織物からナイロン・ポリエステルまで繊維産業が盛んな福井県で、広幅の機械レースをつくっている荒川レース工業へやってきました。荒川拓磨さん、荒川道子さん、よろしくお願いします。

社屋の前でレースを広げる

せーの、レース!

ふわりと広げたレースのこの幅が、広幅です。1メートル50センチ。荒川レース工業は主に、カーテン生地やタクシーの座席カバーとなる車両用生地、テーブルクロスなどのインテリアレースの生産をメインとしている会社です。

緑の縁の丸い模様のレース レースの森から

建物に入って案内いただいたのがまず、このレースの森。ショールームです。様々な種類のカーテンをかき分けて、部屋の奥へと進みます。

道子さんとレースの森で

「お子さん連れのお客さんがいらっしゃると、商談中お子さんはここでキャッキャして遊んでますよ」と、道子さん。

黒猫模様のレース レースの森

レース越しに人が見えたり見えなくなったり、カーテンの揺れが人の動きの余韻を残して、かくれんぼ向きのなんとも気持ちのいい空間。大人でも、キャッキャしたい。

拓磨さんと道子さん

森を抜けて、テーブルへ着席。
テーブルクロスも、もちろんレースです。

荒川レース工業は、創業80年。和洋折衷の住まい、一部に洋室にテーブルや椅子で生活する部屋のある住宅が文化住宅と呼ばれ、あこがれを集め普及し始めた頃のことです。道子さんのおじいさんである初代社長は、当時まだ製造者がいなかったインテリアレースに注目し、ラッセルレースという種類のレースの編み機を導入したそうです。

ラッセルレースは、機械で作られる代表的なレースの手法のひとつ。他には、布に刺繍をするエンブロイダリーレースや、細い糸を撚るリバーレースがあります。

レースのタオル

これは我が家から持ってきた、レースの縁取りのお気に入りタオル。エンブロイダリーレースの一種で、水溶性の布に刺繍をしたのち布を溶かして刺繍部分だけ独立させる、ケミカルレースなのだそうです。確かに、葉っぱの葉脈部分が、線画のように独立していますね。

レースの種類のお話を聞いていると、今までは「レースはレース」とひとくくりに認識されていたものが、急に視力が良くなって、レースというプロダクトの豊かさや奥行きが少しずつ見えてくるようです。

拓磨さんにレースを教えてもらう

手工芸から機械生産へ、ヨーロッパから日本へ

機械レースの前の歴史を、もう少しさかのぼってみましょう。
中世ヨーロッパで起きた、レース・フィーバー。手工芸として発展したレースは、糸を結ぶ、撚る、編む(ボビンで編む、ピンで編む、かぎ針や棒針で編む)、あるいはベースとなる布に刺繍する、布をカットして穴を開けるなど、国・地域によって様々な手法が発展しました。その後イギリスで産業革命が起こると様々な分野で機械化が進み、今から200年ほど前にレース産業でも、手工レースの一種であるボビンレースの原理で動く、現在のリバーレースの原型となる機械が完成。そして、リバーレースを早く安く作れるよう工夫を重ねて発明されたのが、ラッセルレースの編み機なのだそうです。リバーレースとラッセルレースは、親戚のような関係だったのですね。

それから120年ほど経ち、海を渡った日本で、荒川レース工業が創業。

レースの倉庫 レースの倉庫

創業まで話がたどりついたところで、ショールームの隣の部屋へ案内していただきました。ここは、生地倉庫です。部屋の中央には、生地を広げて裁断をおこなう大きなテーブル。そのテーブルを囲むように、荒川レース工業のラッセルレース80年の歴史が積み上がっています。

カーテンの生地サンプルは大きい

思わず無言になって、あれこれ物色してしまいます。

タクシープール

車の上のランプなくとも見分けつきます、タクシー・プール

ぐるぐると巻かれた反物の棚で、青みがかった白色の反物の一群が目にとまりました。これらは、車両用レースと呼ばれている、タクシーの座席カバー用の生地です。荒川レース工業では、現在10種類程度、車両用レースの生産を行なっているそうです。

タクシーの座席カバー用の生地を広げます タクシーの座席カバー用の生地

広げてみると、植物を抽象化したようなパリッとした幾何学模様。
「あぁ、タクシーのレースだ。」と感じるこの雰囲気は、16世紀ヨーロッパの貴族文化の華やかなファッションのレースとは、同じレースでも全く別物です。模様の図案と色味によってレースの表現できる幅の広さと、それが様式として定着していることに、文化の深みを感じます。

レースの説明をする拓磨さん

「工場で機械を見てもらう前に、ラッセルレースの構造について説明しますね」と、拓磨さんのレクチャーが始まりました。

レースのテーブルクロス

レースの絶妙なニュアンスを編み出す影の立役者、地組織

ラッセルレースの編み構造の基本はこの地組織という、図案のメイン模様ではなく背景部分なのだそうです。地組織は、丸や三角形、菱形などの小さな幾何学模様の繰り返しで、よく見るとこのテーブルクロスの中にも、複数の地組織のパターンが使われています。疎密で遠近感を表現したり、コントラストでメイン模様を目立たせたり、影の立役者です。

地組織のサンプル

分かりやすいようにと、1種類の地組織のみのサンプルを渡していただきました。小学校で水道の蛇口に石鹸を掛けていたネットみたい。三角形が連なる、すっきりシンプル。この地組織の構造は、鎖の糸沈みの糸の2種類の糸で出来ているそうです。

ラッセルレースの構造

長いタテ糸にヨコ糸を垂直の関係で組み合わせる織物と違い、レースの構造はもう少し複雑。編み進む方向に伸びるループの連続、縦方向の鎖の糸が、別の大きく左右にうねうねする沈みの糸を繋ぎ止め、レースがバラバラに解けてしまわないよう、文字通り鎖のような役目を担います。

レースをほどく

レースの生地サンプルの端を引っ張りほどいてみると... 肉眼でも見えてきました、2種類の糸が!

浮きの糸がわかりやすいレース

そして図案のメインとなる主役が、浮きの糸。立体感を出すためにレース表面から少し浮き上がっていたりするので、もっとも目立ち分かりやすく、こんな風に糸色を変えてつくっているものもあります。

浮きの糸沈みの糸鎖の糸、3種類の糸で作られるラッセルレースの構造が頭に入ったところで、いざ工場へ。

クリルスタンド

工場に入り、まず目の前に現れたのがこちら。
高さ4〜5メートル奥行き10メートルほどのクリルスタンドという糸の巨大棚に、コーンと呼ばれる糸巻がずらりと整列しています。その数、なんと600本。クリルスタンドの手前、上部の1本の棒に等間隔に並んだ細い穴を通り、糸たちが整然とツツーっと編み機の方へと向かって進んでいます。

クリルスタンドの横を通り過ぎる

思わず入り口で立ち尽くしてしまいましたが、機械の全貌はまだ見えていません。まずはクリルスタンドの横を一旦通り過ぎ、

レースの編み機の裏へ

続く、編み機の裏側に回ります。

編み機の全貌

すると、編み機の裏側にもクリルスタンドが...!
クリルスタンド、編み機、クリルスタンド。この3つの構造物がセットになり、ラッセルレースの編み機1台というカウントなのだそうです。

始めに見たのがクリルスタンドのコーンは沈みの糸、こちらのクリルスタンドのコーンは浮きの糸。そして鎖の糸は、編み機の上に乗っている円筒形のビームと呼ばれる糸巻、9個から供給されています。

ビーム ビームは重い

振り返ると通路の端に、ビームが置いてありました。糸がびっしり巻きついている糸巻なので、両手で持ち上げようとしてもビクとも動かない重量級。

天井に赤いレール

この重いビームは、クレーンを操作して編み機の上に設置するには、工場の天井に走っている赤いレールは、ビームのクレーン用。大掛かりだなぁ。

編み機の前に立つ 糸に囲まれる

1メートル50センチの広幅レースが横に2本、ダダダダダッと編み出されてくる機械の前に立つと、前も後ろも頭上も、おびただしい数の糸たちに囲まれます。

糸の観察

斜めに吸い込まれていく浮きの糸たち。奥の方にうっすら見える、真っ直ぐ落ちていく細い糸は鎖の糸たち。ここからは見えないですが、その奥には、編み機の向こう側のクリルスタンドから、沈みの糸たちが吸い込まれていっているのですね。

糸の雨が降り注ぐ

ヘルメットを抑えながら頭上に目をやると、この光景。降り止まない小粒の雨が音もなくさーっと降り注ぐ、浮世絵に描かれた夕立の中にいるようです。一糸乱れぬ、何千本もの糸の雨。どこか幻想的な雰囲気さえ感じます。

黄緑色の色糸 コーンの減り方はバラバラ

クリルスタンドのコーンの糸の減り方はバラバラ。編み機に吸い込まれていく糸たちは、糸のシャワーのような群像で、個々の動き方や供給スピードを目で追うことはできません。でもこのコーンの糸のバラバラな減り具合を見ていると、編み図の複雑さや機械の動きの複雑さが、じわじわ伝わってきます。

クリルスタンド クリルスタンド越しに編み機を見る

10本の指の動きから、膨大な糸の群れを巧みに操る巨大機構へ

とにかく大きい!目の前に広がるレース生産の機械設備の巨大さや複雑さ、糸量の膨大さに、完全に圧倒されてしまいました。ついさきほどまで、寄り目になってレースの構造に目を凝らしていた極小世界からのギャップに、くらくらします。「手工芸から機械生産へ」シフトが起こった産業革命のインパクトが、はじめてズシンとお腹に響いてきました。上流階級の人々のファッションの一部だったレースが、ふつうの人々のふつうの生活でも享受できる、みんなのものになった瞬間の喜びが、不意に実感できたような気がします。

xstudioの棚

工場の余韻に浸りながら、ショールームに戻ってきました。
ショールームを見渡すと、レースの森を抜けた先の壁際の棚には、面白そうなもの、不思議なものがたくさん並んでいます。

ARAKAWA LACE LAB.の名刺

受注生産のかたわら、ラボ活動はじめました!

これらは、レースの可能性や魅力の本質を探求する中で実験的につくられたプロダクトのプロトタイプや、その探求プロセスなのだそうです。荒川レース工業は、福井市主宰のXSTUDIOというデザイン・プログラムにパートナー企業として参加し、それをきっかけに県内外から集まったデザイナーたちと一緒にARAKAWA LACE LAB.を立ち上げました。

坂田さん

今回の取材に同行してくださったデザイナーの坂田さんも、実はリーディングメンバーのひとり。坂田さんと拓磨さんよりお話を伺いながら、ARAKAWA LACE LAB. でつくってきた実験的プロダクトを順番に見せていただきました。

漆を塗ったレース

こちらはレースに漆を塗ったサンプル。電子回路基板を思わせるカチッとした工業製品の風合いに変貌しています。ドレスではなく、鎧が作れそう。

レースで包まれた小石

レースで包まれた、小石たち。こちらは反対に、レースの柔らかさや可憐さが石に乗り移ったようです。

レースとブルーシート

レースのカーテンの裾を模様に沿ってカットしたりする際に使う半田ごてで、レースの生地の端切れをブルーシートに組み合わせたプロトタイプ。金継ぎならぬ、レース継ぎ。

樹脂の中の黒猫レース

あー、この子は!
先ほどレースの森で見かけた黒猫が、透明樹脂に閉じ込められて、なんだかシャキッとしています。

温度で色が変わるレース

水色の糸を指で押すと、紫色へ。温度で色が変わる、浮きの糸が編み込まれている生地サンプルです。朝陽や夕陽が当たると色が変わっていくカーテンになったりして。日がな一日、ずーっと眺めていられそうですね。

プライベートレースに入る

ショールームに来て最初に目に入った時から気になり、うずうずしていたこちらも、ARAKAWA LACE LAB. のプロトタイプ。「入ってみてもいいですか?」と言いながらもうスリッパを脱ぎ、さっそくおじゃまします。さぁ、レースの中へ。

プライベートレースの中

「やさしさに包まれたなら」とタイトルをつけたい、心地よさ。中からは外がほどよく透けて見えるのですが、外からは大きなあくびをしても見えません。レースの影が差し込む暖かい窓辺で読書とかしたいなぁ、満員電車もこんな風にレースに包まれて通勤できたら素敵なのになぁ、と妄想が止まりません。

プライベートレースから出る

おっと、取材中でした。現実世界へ戻ります。ふぅ。

ARAKAWA LACE LAB

レースの性質の一部を取り出したり、発想を転換したり。ARAKAWA LACE LAB. の棚には、頭が柔らかくなりインスピレーションが降ってきそうなわくわくが詰まっています。「とにかく試してみよう、つくってみよう」の精神を大事にメンバーそれぞれ自由な発想で、漆を塗ってみたり、樹脂で固めてみたり。あーでもないこーでもないの実験をくりかえし、次のステップに進んだり、進まなかったり。失敗したものも含めて、これからのヒラメキを誘発するものとして、ショールームにこうして置いているそうです。

手工レースの様々な編み方を確立した先人たちも、機械化を成功させた先人たちも、こんなふうに「レースの美しさってなんだっけ?」とか「編むんじゃなくて刺繍も試してみよう!」とか、たくさんの議論や試行錯誤を重ねてきたのかもしれませんね。

レースのランプシェード

ラボ活動から生まれたプロダクト、早くも製品化へ

こちらのレースのランプシェードは、金沢市にあるシェアホテルHATCHi金沢の一室に、今年2月に設置された製品のプロトタイプ。プロトタイプでも、シャンデリアのようにゆったりと大きいのですが、実物はもっと大きく直径160センチもあるそうです。

レースのランプシェードの下へ レースのランプシェードを下から見上げる

3種類のレースが組み合わされていて、垂直に流れるフリンジのようにも見える幾何学模様が、シャンデリアらしさを高めています。優雅だなぁ。こんなふんわりしたシャンデリアなら、オペラ座の怪人の物語も変わってきますね。

福井県立図書館の外観

もう一つ最近製品化したものがあり、しかもすぐ近くですよとお聞きして、荒川レース工業から車を走らせ15分。福井県立図書館にやって来ました。

福井県立図書館の内観

天井が高く、宙に浮いているような照明がガラス窓に反射して、とても開放的な空間です。

スタディルームの外観

ありました!
窓に近く外からの光が入る明るい場所、本の閲覧スペースの一角に、新しく作られたスタディルーム。

テースの天蓋

中に入ると、頭上にレースの天蓋の優しい気配を感じます。

レースの天蓋

照明が透けて見えて、テント越しに星を見ているような、不思議な感覚。明るいけれど落ち着きがあり、勉強も読書も捗りそう。

福井県立図書館の庭

外に出ると、図書館の庭の小道には木漏れ日が落ちていました。ところどころぼんやりとまぁるい光が足元にゆらゆらしていて、なんだかレースみたい!
おや、私もすっかりレースの魅力に取り憑かれてしまいました。

かつては王侯貴族しか身に付けることが叶わなかった繊細で高価な職人技の限りを尽くした憧れの存在から、産業革命を経てふつうの人々のふつうの生活に溶け込み、文化や様式が確立された存在へ。現代の機械レースの高度に完成されたものづくりのプロセスを見ていたら、レースをめぐり人々が辿ってきた歴史のリアリティが、怒涛の勢いで押し寄せてきました。そして文化や様式として定着したレースから、新しい可能性を探求するARAKAWA LACE LAB.の挑戦。レースづくりを、技術発展のみならず価値深化を追求して仲間と共に進めるラボ活動は、レース愛にあふれていました。レースはどこへいくのか?もう、レースの新しい歴史が透けて見えてくるようです。

【詳細情報】

荒川レース工業株式会社

電話番号:0776-22-2588
住所:福井県福井市照手3丁目5-5
URL:http://arakawa-lace.com/

ARAKAWA LACE LAB.

URL:http://arakawa-lace-lab.com/

(text:今飯田、photo:加藤)

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