Sponsored by 日本生活協同組合連合会
水と空気と微生物のハーモニー、そして伝統製法&最新技術の合わせ技で作るお酢 内堀醸造
日本生活協同組合連合会さん主催、コープの商品が生まれる現場を見てものづくりを学ぶ「ラブコープ商品 工場産地交流会」に参加させてもらっています。今回の見学先は長野県にある内堀醸造のアルプス工場です。今日は酢造りの現場をレポートします。
内堀醸造の発祥は岐阜県八百津町でアルプス工場からは車で約1時間半。1876年(明治9年)に内堀商店として創業しました。144年の歴史をもつ醸造所です。八百津の津はもともと港という意味で、江戸時代の八百津は山から切り出した木材を木曽川で運ぶなどの水運で栄えた街でした。内堀商店は、酢・味噌・溜りを造る醸造屋さんとしてスタート、その後内堀醸造株式会社となり約40年前の1979年に本社工場を移転拡張。酢の専業メーカーとしてコープ商品の酢をはじめ、自社製品もたくさん作っています。
内堀醸造さんのアルプス工場があるのは長野県飯島町。大きな長野県の中でもやや南部の岐阜県寄りに位置し、中央と南、ふたつのアルプスが見える町として眺望・自然の豊かさが自慢のまちです。アルプス工場ができたのは2006年で、標高740mの当地に工場の建設を決めた理由は、酢造りに大切な微生物に適した水と空気があったからです。
酢の原料となる仕込み水は、中央アルプスの伏流水。塩素殺菌を用いず超精密ろ過するだけでそのまま製品に使えるほどきれいな水が豊富にあります。また内堀醸造は工場の周囲の山々の一部を購入し、森林を保全することで酢造りに必要な風の通り道を整備しています。そして発酵に欠かすことのできないのは微生物。微生物がはたらきやすい環境の場所に工場を建てることで、酢を作るために必要な条件が揃います。
水と空気、そして微生物が内堀醸造の酢造りを支えています。
醸造酢に特化するきっかけになったワインビネガー
内堀醸造は戦後間もなくの頃、日本初のワインビネガーを開発しました。ワインビネガーなら洋食店だろうということで、現会長の内堀信吾さんが試作品を持って都内の有名ホテルに飛び込んだところ、採用が決定。現在でもそのホテルのポテトサラダの味付けに使われています。そのワインビネガーの採用が背中を押すことになり、内堀醸造は酢だけを造ることに決まりました。
酢造りは酒造りから
内堀醸造の酢造りを支えるのは伝統的な製法。とはいっても木の樽や職人さんが棒で今も混ぜているわけではありません。微生物の力を借りて発酵技術を用いて酢を造る、という伝統的でシンプルな造り方を受け継ぎながら、安定的で品質の高さを維持するため最新の設備や技術を駆使しています。
酢の専業メーカーである内堀醸造の基本理念は「酢造りは酒造りから」。酢は米・穀物をアルコール発酵させ酒(=酢もろみ)を作り、酢酸発酵させ仕上げていきます。文字の通り「酒」から「作る」のが「酢」。内堀醸造ではおいしい酢を作るために、精米・蒸米・製麴という伝統的な酒造りの方法を大切にし、よい酢造りはよい酒造りから、というポリシーを実践しています。
さっそく、アルプス工場の中を見せてもらいます!
お米の形を保ったままきれいに糠だけを落とす、ダイヤモンドロール精米機
まずはお米を削っていく「精米工程」。
この精米機の名前は「ダイヤモンドロール精米機」と言います。酢のメーカーが精米機を自前で持っていることは珍しいのだとか。
一般的なロール精米の場合は摩擦によってコメが熱くなってしまいます。米が熱くなるということは米の中の水分が飛んでしまい、水分が失われることによって米にヒビが入り割れてしまうこともあります。しかし、ダイヤモンドロール精米機では、ロール表面が高硬度のダイヤモンドで高速回転するため、少ない力で摩擦係数が低いまま簡単に削ることができ、結果割れのない水分を保ったままの品質の高い米が得られます。
ダイヤモンド精米の利点はもう一つ。従来の精米機では米同士を乱回転させて精米するため、米の頭と足が削れてしまい丸い形の米になってしまいます。いっぽう、ダイヤモンドロール精米機では、内部の米の密度を制御することで米がぶつからず、原型のままきれいに糠を除去できます。心白の部分をしっかりと残すことで精米の品質が向上します。
精米した米は洗米・浸漬(水に浸す)工程を経て蒸しに進みます。
「外硬内軟(がいこうないなん)」を実現する蒸し工程
酒造りで重要な「製麴」工程には、外が硬く中が柔らかい例えるならばグミのような状態の「外硬内軟(がいこうないなん)」の蒸し米が欠かせません。理由は蒸し米同士がくっつかず固まらずサラサラとさばけた状態だと、米麹をまんべんなく蒸し米に付着させることができ、質の良い米麹を得られるからです。
現在でも造り酒屋で昔ながらのせいろが使われている理由は、はじめは湿った蒸気、時間が経つと乾き蒸気、というように、せいろが時間によって蒸気のもつ水分を減らせる構造になっているからです。この蒸気温度の適切な変化が、「外硬内軟(がいこうないなん)」の蒸し米を作り、内堀醸造の米麹製造工程ではせいろの原理を応用した機械で蒸し米を作っています。
まさにグミか強飯みたいな状態。煮込んでグツグツとみずみずしいご飯とは少し違い、蒸したお米は表面がパリッして中はモチモチっと仕上がっています。
また、コウジカビは水分のある方向へ伸びていく性質をもつため、蒸し米の中へ中へと菌体が伸びていき、蒸し米の中で順調に米麹の菌糸が生えていくという効果もあります。
酵母を徐々に育成する、段階的に仕込む多段仕込み
蒸米と米麹を小さなタンクに入れ酵母菌だけがはたらく温度湿度に設定し、約1週間から10日ほどかけて酵母菌を育成します。酵母菌が元気になって強くなると次の段階へ進みます。「添え仕込み」「仲仕込み」「留め仕込み」と段階的に米麹と米を投入して仕込むのが「多段仕込み」です。
3回に分ける理由は、酵母が実力を発揮し他の菌に負けないようにするためです。徐々に仕込み量を増やしながら仕込みますが、いきなり他の菌(いわば敵のような存在)が多い大きな仕込みの留め仕込みに強くない酵母を投入すると酵母ははたらくことなく、他の菌に負けて汚染されてしまいます。酵母が多くの他の菌に負けずにはたらけるように、環境を徐々に整え強くしていく、という製法です。手間は少しかかりますが、順調に発酵してもらうために必要な工程です。
香り取り体験をさせてもらいました。
仕込んでから1週間の酒が入っているタンク。表面に浮いているのはコメブタといって、蒸米や米麹が蓋となった状態。この蓋の中でゆっくりと糖分がお酒に変わるアルコール発酵が進行中です。
このタンク中の「香り取り」体験では、タンクの中に肩までいっぱい腕を入れて香りを握り、クンクン嗅いで見ると、香り豊かなお酒の香り。お酒になるために米と菌が頑張って働いてるなぁ、と思いました。
続いてはタンクの中に顔を突っ込んでみます。
「昔は酒造りの工程で櫂入れというコメブタを天地返しする作業を杜氏さんが木桶でやっていました。櫂を入れた際に炭酸ガスが出てきてしまい、一瞬で顔の周りの酸素が奪われて気絶。そのままドボンと落ちて亡くなってしまうという悲しい事故が昔の酒屋さんでは時々あったそうです。なかなか衝撃があるので恐る恐る嗅いでみてください」とガイドさん。名づけて「窒息体験」です。
炭酸水を鼻から飲んだ感じで息ができない。たしかに空気はありませんでした。
アルコール発酵が進むと、お酒、いわゆる酢もろみが完成します。
ちょっと飲んでみたいな、と思いましたが、「弊社は酢のメーカーなので日本酒は材料として生まれてもそれを売ったり飲むことはありません」ということで飲ませてはもらえませんでした。ちなみにリンゴ酢では、りんご果汁をアルコール発酵させてシードル(酢もろみ)になります。
以上が、「酢造りは酒造りから」のうち「酒造り」の工程でした。
酒が酢になるために行うのが酢酸発酵です。酒に「種酢」を加えることで酢酸発酵が進みます。
酢は、味噌や醤油・お酒といった他の醸造飲料や調味料に比べ空気が大好きで、酢を作る酢酸菌は空気がないと生きられません。酢酸菌は空気をどんどん取り込み、お酒の中のアルコールを食べて酢酸になります。お酒の中のアルコールが無くなってできあがったのが酢の正体です。
昔ながらの樽に入れたまま行う静置発酵では、空気と触れる表面でのみ酢酸菌がはたらくためときどき混ぜてあげなければなりません。しかし人の手で行うとバラつきがでてしまったり、酢酸菌がはたらく温度管理が難しい。酢酸菌を均一にはたらかせるために、どこでも酢酸菌が活躍できるように細かな空気を送り、酢酸発酵を安定的に進める「通気発酵」を内堀醸造では採用しています。
酸度20%を生み出す内堀醸造の酢酸菌
通常の家庭用の酢の酸度は概ね4~4.5%のところ、内堀醸造では酸度20%の高酸度醸造酢を造ることができます。このとても酸っぱい高酸度醸造酢はソースなどの調味料の一次原料として使われます。
酸度20%の醸造酢を安定的に発酵という方法だけを使って造るのは内堀醸造の独自の技術のひとつです。通常酸度が高くなると自ら造られた酸度によってはたらくことができなくなってしまう酢酸菌の性質があるのですが、元気の良いものを選りすぐり徹底的に管理することで酸度を高めることができています。
この後、発酵が進んだ酢は中央アルプスの仕込み水とミクロン単位の大きさの雑菌も逃さない超精密な中空糸膜を通過したのち「熟成工程」に進みます。
熟成工程は何のためにあるのか
熟成中の酢のタンクが並んでいます。
そのまま出来立ての酢を急いで出荷しちゃえよ、鮮度だよ鮮度、とお考えのあなたはまだ未熟。
「今日できたばかりの酢はまだツンツンで刺激の強い酢です。例えるなら元気いっぱいのお子さんのようなお酢です。いたずら好きでとてもわんぱくなお子さんをイメージしてください。そんな酢が口や喉を通過したら…刺激が強いですよね。
そんな若い酢が徐々に大人になっていくのが熟成の作用です。時間が経過することで、穏やかで優しい、旨味を感じられるおいしいお酢になります。これが熟成の役割で、この工程では人間はほとんど作業することはありませんが、その代わり時間が酢をよりおいしくしてくれます。
しかし、熟成が長ければ長いほど全ての酢がおいしくなるかというとそうではなく、ワインビネガーやリンゴ酢などドレッシングやマリネに使うビネガーの場合は、果実のフレッシュな香りがセールスポイントなので、果実酢では長期間の熟成は行いません」
酢を食前に摂る理由
「みなさん、お膳やコース料理で酢の物がはじめに出てくる理由を知っていますか?それはこれから食べる料理をおいしくするためなんです。酢の香りが鼻に届くことによって唾液が出ます。その唾液を出させることが実はお酢の一番大切な仕事です。人間は唾液と食べ物が混ざらないと味を感じることができません。よく噛んで食べ物と唾液を混ぜ合わせることによって少々薄味の食べ物でも満足することができますが、あまり噛まずにすぐに飲み込んでしまう人は唾液と食べ物が十分に混ざり合う前なので味を感じづらく、薄味では満足することができず、ついつい刺激的で濃い味を求めがちになります。
コース料理の最初に酢の物が出たり、あるいは酢を使ったドレッシングの野菜がでるのは、その後に続く料理をおいしく唾液が潤した状態で食べるためです。酢の本当に大切な料理の使い方は唾液を出させることなので、酢が苦手な人であれば、食べなくても匂いを嗅ぐだけで唾液が出るので役割を果たしたことになります。食卓に酢のものを用意しておけばその香りを嗅いで、唾液が出て食欲が出て、ものがおいしく食べられます。嫌がる人に酢をとらせようとするのはなかなか難しいですから、まずは食卓に酢の物を置いてその香りで唾液を出して他の食べ物がおいしいと感じるというところからはじめるのもいい使い方だと思います」
酢って調味料の中でも大切な役割を担っているんだと実感しました。
一番だししか使わない調味酢
「調味酢」と呼ばれるカテゴリーの合わせ酢やすし酢には砂糖や塩、そしてだしなどの調味料が配合されます。内堀醸造で使うだしは北海道の利尻の昆布と鹿児島の枕崎のカツオぶしからだし取りし、その日の一番だししか使いません。
料亭並みの原料とこだわりのだしです。
最後は品質管理の部屋です。内堀醸造では品質管理、品質保証、商品開発この3つの部署は女性で運営されています。
「きめ細やかな管理と気づきが大切なポイントになっていまして、ここで今まで作った製品の酸度や糖度や塩分、色を検査して間違いないものが作られているのか検査して合格したものが充てんされて製品として出荷されていきます。
とても大切なポジションになっています。今までの工程では、人の手が少なく機械が多かったと思いますが、品質管理だけは人の手をかけて丁寧にチェックをして出荷しています」
その後、ろ過、殺菌充てんを経て酢が完成。みなさんのお手元に届きます。
見学を終えた後は、内堀醸造の酢が使われた4種類のお料理を試食させてもらいました。特選純米酢を使った豆腐ときのこの甘酢あん、合わせ酢のかぶ千枚漬け、りんご酢のトマトとパプリカのピクルス。玄米黒酢の酢豚、とどれもおいしくいただきましたが、お酢に思いを巡らせながらゆっくりとお料理を味わったのはこれがはじめてかもしれません。これまでありがとう、お酢!
最後に会長のお話です。
「米酢は世界にはなく日本だけのものです。というのは、米麹というのは日本にのみ存在するものなんです。酢という調味料は塩に次いで古いものです。その調味料を作るためにずっと昔から何万人という優秀な人が勉強した世界に誇る伝統の技術を、私たちは受け継いでいます。その伝統的な方法、たとえば多段仕込みでこれからも酢を作っていきたい。酢を造る会社が毎日、多段仕込みという方法で酒を造る。それは世界に例がありません。私たちは酢づくりがとても面白い。本当に酢づくりが楽しいなと思って毎日張り切ってやっています」
伝統的な製法を守りながら、高い品質や新たな商品に挑戦し続ける内堀醸造の皆さん。スタッフの皆さんの顔がツヤツヤ輝いて見えるのは熱意のせいなのか、それとも毎日飲んでるお酢のせいなのか。
工場のみなさん、今日は楽しい見学を有難うございました。
【詳細情報】
生協の組合員さんと内堀醸造との勉強会の様子はこちら(コープ商品サイト)
内堀醸造株式会社
住所:長野県上伊那郡飯島町田切160番355
電話番号:0265-86-8115
URL:http://www.uchibori.com/
(text:西村 photo:森戸)
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