“ハタオリ“を多面的に紐解く教科書!1000年つづく織物産地・富士吉田の魅力を後世につなぐ「ハタオリ学」制作プロジェクトに迫ってみた
富士山の麓にある織物産地、富士吉田市にやってきました!
近年オープンファクトリーやハタオリマチフェスティバルなどで盛り上がっている富士吉田地域一帯(通称:ハタオリマチ)。ここで新しく、ハタオリにまつわる教科書が出版されたそう。その名も「ハタオリ学」!
その産地特有の織物について学べるだけでなく、人類とハタオリの歴史まで深く知ることができる一冊です。この日はハタオリ出版に合わせて市長贈呈式が行われるとのことで、ハタオリ学の著者に「なぜ今、産地がハタオリにまつわる教科書を作ったのか?」を深く聞いてきました。
こんにちは、しゃかいか!臨時ライター森口理緒です。ここ富士吉田市で地域おこし協力隊として「織物工場で作られた生地の良さを伝える」をテーマに2019年~2022年の間活動していました。協力隊の任期を終え、現在は富士吉田市や八王子などの織物産地を拠点に活動しています。そんな約8年間富士吉田市に関わってきた私が改めて、この街の機織りについて取材をしに富士吉田へやってきました。
多種多様な織物をつくる「ハタオリマチ」 の特徴をおさらい!
しゃかいか!がハタオリマチに来るのは、2018年以来とても久しぶり。なのでもう一度、ハタオリマチについておさらいです。
日本には30ヶ所以上もの繊維産地(繊維工場が集まる地域一体)があります。織物やニットなど、布を作るためのものづくりフィールドが国内にまだ数ある中で、ここ富士吉田一帯の「ハタオリマチ」は家族経営ほどの小規模な織物工場が多い産地です。
それでも、作る織物の種類はとても豊富。
水をはじく傘生地が得意な工場もあれば、シルクのネクタイに特化した工場もある。
かと思えば肌触りの良いコットンやリネンの生地を織っている工場もあるし、スーツの裏地を専門に織っているところも。
工場の規模は大きくないけれど、それぞれの工場に得意な素材があり多様な用途の織物を作っています。しゃかいか!でも過去に2つの工場へ訪れました。
こじんまりとしたハタオリマチのものづくり。しかしその中で巻き起こっている産地の動きは、けっこう大胆です。
「よそ者」たちと起こしたまちと産業のイノベーション。そして次に出す答えとは…?!
そもそも日本にどんな繊維産地があり、どんなものづくりをしているのかを生活の中で知る機会は多くない気がします。それはどこかの繊維産地から生地が作られ、どこかで縫製が行われ、企画者のブランドやメーカーの名のもと商品となって私たちの手元に届くから。
商品になったときにはその生地がどこで作られているのかわからないことが多いのです。
物の消費が活発だった時代は、ただ作る役割に徹するだけでも十分でした。しかしこの先ものづくりをすることだけで、今までと同じ生き残り方はできるだろうか?
そんな漠然とした不安から立ち上がったいくつかの機屋さんが2000年前後にオリジナル商品の開発をしはじめたのが、ここハタオリマチの転機でした。下請け的な立ち位置だった織物工場が自社商品を携えて店頭に立つことは当時とても珍しいことでした。
そして同時期に富士吉田市のまちの中へ外から若者が入り、空き家の活用やアート活動を始めていきます。
商店街の空き家をリノベーションした「SARUYA HOSTEL」。2015年に当時地域おこし協力隊だった赤松さんとデザイナーの八木さんが立ち上げました。
こうした動きの中でハタオリマチを観光の視点から知れるポータルサイト「ハタオリマチのハタ印」が立ち上がったり、今や全国から2万人以上の来場客が訪れる街の一大イベント「ハタオリマチフェスティバル」が始動したりと、富士吉田の街や織物産業を外の人へ向けて伝える取り組みが同時多発的に生まれてきました。
第1回目のハタオリマチフェスティバルを取材した記事↓↓
今のハタオリマチがなぜあるのか。産地の物語はこちらの記事で詳しく知ることができます!↓↓
地域から生まれた教科書「ハタオリ学」
さて前置きが随分長くなりましたが、そんな面白い動きが巻き起こっているハタオリマチから教科書「ハタオリ学」が出版されたということで、富士吉田市役所で行われる本の出版贈呈式に潜入。教科書制作に携わった方々に贈呈式前の貴重なお時間を頂きお話を伺ってきました。
この本の制作に込められていたのは、地元の人たちへの想いとハタオリマチが産地として次に向かっていく未来。常に産地として次の一手を打ってきたハタオリマチの新しい挑戦や覚悟を掘り下げていこうと思います。
重厚感があるけれど、ポップでわくわくもする。そんな好奇心そそられるこの「ハタオリ学」が今回出版された教科書です。
150ページ以上にわたる大作!
ハタオリ社会学、ハタオリ人類学、ハタオリ地理学、、、!
さまざまな学問の入口に「ハタオリ」を結び付けハタオリを体系的に学ぶことができます。学術的で難しい本かと思いきや、イラストや写真がふんだんに使われていて読むのが苦じゃないどころか、どんどんページをめくりたくなるのも嬉しい。
この教科書の著者は、ハタオリマチのディレクター高須賀活良さん。
ハタオリ学の著者であり、15年前からハタオリマチに関わっている産地のキーパーソンです。
高須賀さんはディレクターのほかに、テキスタイルアーティストという顔も持っています。東京造形大学でテキスタイルデザインを専攻し、古代布の研究をする傍ら身の回りの植物を使った織物の作品を制作しています。そんな高須賀さんがハタオリマチに入ったのは、高須賀さんが東京造形大学大学院在学中の2009年に体験した東京造形大学と富士吉田周辺の織物工場とのコラボがきっかけでした。機屋さんと織物製品を開発するプロジェクトに参加した当時、大学院生だった活良さんは、その後2011年にハタオリマチへ移住します。ちょうど機屋さんが自社ブランドを立ち上げていたころでした。
高須賀さんは2013年頃から機屋さんのポップアップイベントの企画を担当し、2016年にハタオリマチのWEBサイト「ハタオリマチのハタ印」、オープンファクトリーの立ち上げとディレクションを担当。そう、今のハタオリマチのカタチを作った第一人者でもあります。
クラウドファンディングから生まれたハタオリ学
ハタオリ学制作のきっかけとなったのは、2019年に富士吉田市が行ったクラウドファンディングでした。「1000年以上の歴史を持つ『ハタオリマチ』を後世につなぎ、産地の魅力を世界中の人々に伝えたい!」との思いから、ふるさと納税の1つとして寄付を募りました。
こうして集まった金額の一部をどう使うか。
大切な決定の話し合いに再び集まった高須賀さんと現役の機屋さんたち。その一人が渡小織物の渡辺太郎さんです。
渡小織物の渡辺太郎さん。ネクタイを製造している機屋さんであり、ハタオリマチのお兄さん的存在で、高須賀さんを長らくサポートしています
渡辺さん「高須賀と資金の使い道について話したとき、せっかく全国のみなさんのお宝を頂いたんだから、胸を張って前を向いたお金の使い方をしたいよね、と話したんです」
決して右肩上がり!とは言えない日本の繊維業界。生産者の後継者不足や技術の消失、認知度の低さなど、産地の課題は山積みです。そんな状況の中で自分たちが繋ぐ未来を考えたとき、渡辺さんや他の機屋さん達から口々に「教育」という言葉が出ました。
渡辺さん「ちょうど僕にも子供がいるんですけど、今の若い子たちは機屋さんのことを全然知らないんです。でもこれだけ山梨県や富士吉田市がハタオリに力を注いでくれて興味を持ってもらってる中で、何か自分たちがやってきたことをまとめて伝えていくことが必要だよね、となりました」
高須賀さん「2015年ごろ、長期スパンでこの土地のビジョンを描いて欲しいと言われたんです。当時目を向けたのが外への発信でした。だからこそ観光と織物をテーマにハタ印やオープンファクトリーを始めました。そして3年前に大きく舵を切り直したのが、外の人を呼び込む動きではなく、地元の人に向けた内への情報発信でした」
キーワードはハタオリ×教育×人類学?!
「街の若い世代の方に向けた教科書をつくる」
なかなかヘビーなミッションだと思っていたら、構想が始まったのは3年以上前だったとのこと。そのとりかかりで行ったのが地元の高校生たちへのアンケートでした。
地元の人に向けた物をつくるという構想を産地に関わる人に話したとき、今の若い人が地元の産業について何を考えているのかを聞いた方が良いのでは、というアドバイスをTREND UNIONの家安 香さんに受けたそうです。そこで実施した高校生へのアンケートで気づいたのは、8年間の対外的な情報発信が、地元の人にあまり知られていなかったということ。
たとえば美容師になる/デザイナーになる/大企業に就職するというイメージはあっても、進学や就学を考えるときに地場産業が頭をよぎることはあまり無い。今思うと、自分も高校生のとき地元の産業を思い出したり「テキスタイル」なんて言葉を知ることはありませんでした。それくらい繊維産業はニッチな世界だし、自分の生活や憧れの世界とは遠い存在に見えてしまうのかもしれません。
アンケートの結果をもとに、高校生が進路選択をする時に通る道「文系?理系?」の選択に注目。歴史、地理、文学、化学、経済学、機械工学、、機織りという切り口から、一見つながりがなさそうな学問を深掘りしていったそうです。
そうした編集の経緯は、高須賀さんのバックグラウンドと関係しています。高須賀さんが見つめている古代布などは、産業やファッションよりもはるかむかしからある人間の営みと、そこから生まれた知恵や祈り。
人が生活をする中で生活環境に応じた布を、植生や動物からもらいながら人々は作ってきました。だからこそその布を見れば、当時のあらゆる事象が見えてくると高須賀さんはいいます。
人類は布を作るために植物から糸をつくったり、動物の毛などを利用しました。
現在の自動車産業は織り機の開発をベースに基礎が築かれ、今私たちが日々恩恵を受けているコンピューターの基礎は織物をつくるシステムの開発から始まっています。
私たちが日々何気なく発する「撚りを戻す」・「編集する」などの言葉は繊維のものづくりが語源。
こう考えると繊維の世界ってかなり奥深い。そして私たちの暮らしの周りには布づくりや繊維産業の文脈が溢れています。そんな気づきを、この本のハタオリ学から楽しく学ぶことができるのです。
産地に向き合う人たちだからこそ生まれた編集
さて、ハタオリ学の制作に欠かせない人たちがもう2人います。デザイン会社である株式会社トリッキーの高須賀文子さんと毛利朋子さんです。ハタオリ学のグラフィックデザインも担当されています。
このお2人は高須賀さんとともにずっとハタオリマチに携わり、Webサイト「ハタオリマチのハタ印」の制作・運営などを担っています。産地の織物工場への取材から撮影、プロジェクトの運営など、産地の魅力発信に向け奔走してきた産地のプロ。
聞けばみなさん同じ東京造形大学の同級生。長年の関係性と産地への解像度の高さにより機屋さんからの信頼も厚い心強いメンバーです。
といいつつ、本を作ることは初経験だったお三方。
当初は全ての項目を全て専門家に任せる予定だったそうです。
毛利さん「ハタオリ学で特集する経済学や人類学、歴史学は全て専門的な知識が必要だったので、それぞれの専門家に『機織り』を切り口に文章を書いてもらおうとしたんです。でも機織りを切り口に専門分野を書こうとすると、全員筆が進まなくて(笑)」
高須賀活良さん「実は母が絵本作家なんですけど。『あなたたちが産地や繊維産業を一番知っているんだから、編集者を入れないで自分たちでつくればいい』と言われて。そこで3人で腹をくくって、まずは全部自分たちで作ることになりました」
作った叩きを各専門家に見てもらいながら修正を重ねていき、誰が読んでもスッと入ってくる言葉にかみ砕いていく作業をひたすら繰り返していきました。
トリッキーのお2人が特にデザイン面で苦労したのが、専門的な知識をどうわかりやすく伝えるかでした。
例えば、要所要所に登場するこのお猿さん。このお猿さんが硬くなりがちな説明や、補足をセリフで短くまとめてくれるので、文章量を一気に減らすことができているそう。
知らない人にとって読みづらい専門知識や地域特有の文化的背景を、イラストや写真などで工夫し伝えています。
でもわかりやすさは重視しつつ、産地として大切な歴史や技術者、失われてしまった作り手についても特集されてるのがハタオリ学の面白いところです。
「ハタオリ機械学」のページでは織り機のメンテナンスやセッティングを担う職人さん「機屋番匠」について特集が組まれています。
ここでは織物の柄づくりにとても大切な「ジャカード装置」を組み立てるという、相当ニッチな工程を丁寧な写真で解説しています。初見だとなかなか理解しがたいですが、とにかく細かく気が遠くなる作業なことが写真から伝わってきます。
この職人さんがいなくなってしまうと織り機の調子を専門で見れる人がいなくなり、ハタオリマチだけではなく周辺の産地にも影響がでてしまう可能性もあるそう。産地へのリスペクトや職人への愛があるからこそ、あえての情報を省いていません。
3年、それ以上の蓄積により完成したのがハタオリ学という本。これからこの教科書がどんな可能性を運んでいくでしょう。
ハタオリ学で産地はさらにアップデートする
ハタオリマチの機屋さんである光織物の会長 加々美さんに、ハタオリ学の活用について伺いました。光織物さんは小学校などの工場見学を受け入れたりワークショップを開催するなど、積極的に工場を開いています。そこに教科書が付いたらさらに見学やワークショップの付加価値になると言います。
加々美さん「4~5年前から小学校の校外学習で工場見学の問合せが増えていました。学校教育の中でも産業に注目してくれている。子供たちにこの本が行き渡ることによって、見学から帰った後でも覚えてくれたり、印象に残ってくれれば良いですね」
今まで取り組んできたオープンファクトリーや工場見学などの蓄積に新しく加わったハタオリ学は、地元の人への発信とともに外への発信にも心強いツールになることでしょう。
ハタオリ学に携わったみなさんは、作ったからこそ自分の知識がさらに深まったと話します。この本を通して知らなかった街のことを知れたという声も。地元の人や外の人だけでなく、普段織物に関わる全ての人に欠かせない産地のバイブルとなりそうな予感がしました。
ハタオリ学は情報の時限爆弾
高須賀さん「最近このハタオリ学について説明するとき、『情報の時限爆弾』と言うようにしています」
3年前に本をつくることを決心した高須賀さんとトリッキーのお2人は、「広辞苑のように捨てられない本にしよう」というイメージを共有しました。この思いは本の装丁や印刷に反映されています。
表紙はハードカバーにし、ページをめくりやすくする溝も入った仕様になり重厚感のある本に仕上げています。印刷は、アート本や写真集、教科書などの印刷を手がけている藤原印刷さんで、製本は望月製本所が担当。写真やイラストの色や印刷の綺麗さにも徹底的にこだわった本になっているのです。
5年後・10年後に将来のことを考えるとき、卒論を書くとき、就活するとき、ふと本棚を見たら目に入る。その本に手を伸ばして、機織りという選択を考えてみたり、自分の興味がどんな分野と繋がっているのかを考えてみる。そこで初めてハタオリ学の真の力が発揮される。
本がどんな場面で効力を持つのか、明確なイメージを持って作られていたとは驚きでした。
ハタオリマチだけではなく、どこの産地でも必ず独自の「ハタオリ学」がある
最後に高須賀さんに、産地や地域に向けている目線について伺いました。
100年ほど前からに工業化された繊維産業だけを見るのではなく、300年前や1000年前の機織りや人の営みを見て、先の未来を描くこと。「産地」という言葉をあえて使わず、日々何か面白いことやものが生まれる場所として見ていきたいと言います。
今までの10年間の動きだけでも常に新しい何かが起き続けているハタオリマチは、そのずっとずっと前の1000年以上前から、生活とともに布を作ってきました。
今日のインタビューやハタオリ学で知ったのは、織物をつくる文化がはるか昔からそれぞれの地域にあり、人々の営みと機織りの関係性が想像以上に深く繋がっていること。日本中、世界中でそれぞれの「ハタオリ学」が生まれる可能性を秘めています。
小さな産地のできごとから人類のハタオリ文化まで。
ハタオリ学は、今いる場所から一気に宇宙まで飛んだかのような気分になる壮大な書籍でした!そして自分の生活や関心事とハタオリがそう遠くないことに気づいた1日でした。
ハタオリ学はオンラインからも購入できるので、気になる方はこちらから。
さてインタビュー後、実際にハタオリ学を持ってハタオリマチを散策してみました!
後編では「実践・ハタオリ学」として、産地のレポートをお届けします。
text: 森口理緒 photo: 篠原豪太
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