「オホーツクの魅力体験ツアー」で体感した、自然・産業・人間の生態系(前編)
ふだんは連載以外、あまりライターとしての仕事をしていない僕が、今回「ぜひ取材記事を書いてみよう」と思ったのは、その行き先が北海道・オホーツクだったからでした。
2024年の10月なかば。北海道の道東エリアを拠点に活動する「一般社団法人ドット道東」主催の、「オホーツクの魅力体験ツアー」という取り組みを取材しないかと、webメディアの「しゃかいか」さんより声をかけていただいたのです。
なんでもそのツアーは二泊三日で、農業、林業、酪農といった、オホーツク地域の一次産業の魅力をぞんぶんに見学・体験できるのだとか。
どこか遠いようで、だからこそ知らない世界が待っている予感をはらんだオホーツクという土地。僕たち取材チームの興味は尽きません。いったいそこには、どんな出会いがあるんだろう。期待とすこしの防寒具をバックパックにつめこみ、僕たちは北海道に飛びました。
ツアーのはじまり
「あれ!山中さんじゃないですか!」
声の主は、中西拓郎さん。このツアーを主催する一般社団法人ドット道東の代表です。
以前、共通の知人がいたことで中西さんと知り合ったのが5年ほど前のこと。彼が仲間と立ち上げた「ドット道東」は、オホーツク地域を含む北海道の「道東(網走・知床・釧路・根室)」を盛り上げる活動に取り組んでいます。今回のツアーも、まさにその一環のよう。
ツアーの冒頭、遠軽町にある「道の駅 森のオホーツク」に集まった参加者たちは、ご飯を食べつつそれぞれ自己紹介をしています。リモートワークをしている会社員、学生、経営者など、さまざまなバックグラウンドを持つ方が、僕たち取材チーム以外にも10名ほど集まっていました。
ツアーに参加した方々は、札幌を中心に北海道内から来た人がほとんどで、「思い立って札幌に移住したけれど、北海道によりふかく触れてみたい」「将来一次産業の仕事をしてみたい」と考えている方が多いようです。
ランチを終えた一向は、マイクロバスに乗り込み最初の見学場所へと向かいます。
車中は、さながら遠足のような雰囲気。はじめましての方が多いはずなのに、「どこからきたんですか?」「たのしみですね〜!」と、すっかりうちとけています。やはり、「オホーツク」「一次産業」というテーマに惹かれて集まった時点で自然とバイブスが合うのでしょう。
ほんとに3K? 笑い声がとびかう林業の現場
バスを降りると、ひんやりとした空気が。すーっと深呼吸すると、すきとおった空気が肺をみたします。
最初にやってきたのは、湧別町にある町有林。
ここ湧別町は、その面積の半数以上を森林が占める、林業が盛んな町です。
僕たちを待っていたのは、「有限会社 宇野林業」のみなさん。濃紺の作業服を着た男性たち10名ほどが、出迎えてくれました。一見こわそうなお兄さんたちにも見えますが、サングラスの向こうにはどこか人懐っこそうな笑顔。
「この森で、我々が木材を伐採しているんです」
もともとオホーツク地域には人工林が多く、ここ湧別町では、明治時代の北海道開拓期からカラマツやトドマツの木が植えられてきました。そんな森では、ちょうど樹齢50、60年を迎えた木たちが伐採の時期を迎えているのだとか。
林の中に切り開かれたスペースに、黄色いショベルカーのような車が何台か並んでいます。よくみてみると、その手にあたる部分につけられた機械は全て形状がちがいます。こうした重機のことを「高性能林業機械」と呼び、森の中で行われる作業の用途によって使い分けているようです。
まずは伐倒、つまり木を切り倒す様子を見せてくれました。最初は「高性能林業機械」のひとつ、「フェラーバンチャー」が登場。木を伐採し、さらに切った木をそのままつかんで集積までできるというスグレモノです。
手にあたる部分で立木をがしっとつかみ、手の先についたチェーンソーでウィィーン!と切っていきます。その一連の動きはあまりになめらかで、まるで意志を持った生き物かのよう。
ほんの5秒ほどで、「メキメキメキ…」と音を立てて、木が倒れていきました。周囲に、ふわっと木の匂いがたちこめます。
その次は、人力での伐倒を見せていただけることに。車両が入れるスペースがあればフェラーバンチャーで伐倒しますが、重機が入れないようなせまい場所では人力で伐倒するのだとか。
立木にチェーンソーの刃を入れ、切り口をつくり、そこにくさびを打ち込んでいきます。カン、カン、カン。林にひびく金属のリズム。くさびを何度か叩いていくと、木が倒れていきました。
ツアーの参加者たちから、おお〜! という歓声。見守っていた宇野林業のみなさんからは、「アンコール、アンコール!」と声が上がり、よっしゃ! という様子でもう一本。みなさん、ノリノリです。
この日は和気あいあいとした雰囲気を見せてくれましたが、ふだん宇野林業のみなさんは、危険ととなりあわせの現場で働いているはず。とくに人力で伐倒する場合、倒れた木の下敷きになる事故も起こりうるのです。
僕らが使う家具や家は、危険ととなりあわせの仕事にとりくむ方々の存在があってできあがっているのだ、ということをあらためて実感します。
けれども、「林業には誤解もあるんです」と、宇野林業の宇野博文さんは嘆きます。
「こうして適度に伐採を行うことは、森林の環境を保つための大事な作業でもあります。でも、『林業は自然破壊をしている』っていう誤解もあるんですよね」
そうした誤解にくわえ、林業はいわゆる「3K(きつい・汚い・危険)」というイメージもあって、最近の悩みの種は人材確保が難しいことだそう。
しかしそんなイメージとは裏腹に、宇野林業のみなさんは冗談を言い合いながら、終始笑顔。社員同士の仲の良さ、そして雰囲気の良さが伝わってきます。
「ここ(宇野林業)の人は、いい人ばかりなんです。志高い人も多いですし。いい空気を吸って、のびのびやってますよ」と、宇野さんはうれしそうに語ります。
「林業はきびしい面もある。だけど、笑顔を絶やさずやっていきたいですね」。宇野さんの言葉が、僕ら見学者向けの単なるお題目ではないことは、宇野林業のみなさんの表情からも伝わってきます。
笑顔で手を振るみなさんに見送られ、僕たちは森を後にしました。心なしか、来たときより体温もあがっているような気がします。
「自然はいいですよ。人間は自然の中で生きてるんですから」
一夜明け、次に訪れたのは、滝上町にある「有限会社岸苗畑」。昭和41年創業の歴史ある会社です。
僕たちを出迎えてくれたのは、社長の岸紘治さん。もうすぐ80歳になるそうですが、そうは見えないかくしゃくとした雰囲気。
「苗畑」という名前のとおり、ここでは育苗(苗を人工的な環境で発芽・育成し、その後田畑に移植すること)がおこなわれています。
約5ヘクタール、だいたい東京ドームひとつ分ぐらいの敷地に、ビニールハウスと畑がたくさん並んでいます。そこでは数センチから30センチほどの松の子どもたちが一面に並び、日差しを浴びて身を輝かせていました。
現在は、トドマツ、カラマツ、ダイマツ、グリーンラーチなど、年間約28万本の苗木を出荷しているのだとか。
岸さんによれば、ある地域で育てられた苗木はその土地の風土に適応して育っているので、そのまま同じ地域に植えられることが多いのだそうです。昨日見た湧別町の林でも、ここの苗木が植えられているかもしれません。
実はそんな岸さんは、知る人ぞ知る苗畑業界のイノベーター。
他社に先駆けて、容器に入れて育てる根鉢つきの「コンテナ苗」の生産を始めたり、ダイマツとカラマツをこう配させた「グリーンラーチ」の生産にも取り組んだり、北海道では当時めずらしかったビニールハウスでの育苗を始めたりと、あたらしい方法に次々と取り組んできました。
岸さんがあたらしい取り組みを次々にはじめる背景には、働く人々への思いもあるようです。
「ビニールハウスとコンテナ苗をとりいれたことで、時期や時間の制約がすくなくなったんです。うちでは15名が作業員が働いていますけど、だいぶ働きやすくなったんじゃないかと思いますよ」
岸苗畑は苗木を生産するだけではなく、地域の人々の雇用も生み出しています。だからこそ、岸さんは苗木にとっても、そして人にとってもいい環境をつくるために、日々試行錯誤しているのでしょう。
しかしなにしろ、苗木が植えられてから伐採されるまで、数十年はかかります。取材して記事にするまで数週間、遅くても数ヶ月の僕とは、見ている時間軸がちがいそう。
「世の中の需要のことは考えてないです。だって50年先のことなんてわからないからね。たとえば今だと、木を燃やして発電に使っている(バイオマス発電)でしょ? 昔は、まさか自分たちが育てた木が発電の燃料になるとは思わなかったですからね(笑)。どういう社会の変化があってもいいように、いろんな種類の苗木を育てるようにしています。」
木材の用途として、昔は「紙」が最も需要の高いものでした。だからこそ、時代の変化とともにバイオマス発電が始められると、林業に関わる方のなかには「せっかく育てた木を燃やすなんて!」と、怒る方もいたようです。しかし次第に、発電のための木材は高く売れることがわかり、喜んでもらえるようになってきたのだとか。
林業は自然環境の変化だけでなく、社会変化の影響も受ける営みです。岸さんが次々にあたらしいことにチャレンジするのは、「どんな変化があっても対応できるように」という思いもあってのことなのかもしれません。
まるで、ちいさい身体できびしい風雪を耐えるマツの苗のように、どんな環境の変化にも柔軟に対応してきた、オホーツクの人々のしなやかさが見えてきたような気がしました。
「あのね、自然はいいですよ。人間は自然の中で生きてるんですから」。
別れ際、岸さんはそう言ってにっと笑いました。
苗畑業は、一面的に見れば、「自然をコントロールする営み」にも思えます。しかし岸さんにとっては、そうではないのでしょう。
人間は、自然の中で生きている。そして自然の生態系のひとつとして、林業があり、苗畑業がある。そんな風景が岸さんには見えているのではないかな、と想像します。
次の見学へ向かうバスのなか、窓の外に見える、草原、林、空と自分との距離が、すこし近づいてきたような気がしました。
地域の木材で、地域のために発電する
やがて到着したのは、海沿いに建てられた、白い大きな箱のような施設。
ここ、「紋別バイオマス発電株式会社」では、地元の木材資源を活用した木質バイオマス発電がおこなわれています。
オホーツクは、林業が盛んな土地。ゆたかな森林資源を最大限にいかすために、計画的な森林経営がおこなわれています。
その一環が、バイオマス発電。森林資源を発電事業に活かし、その収益を森林に還元することで、森林をゆたかに保つ。そうした循環型の森林経営が目指されているのです。
案内をしてくださる紋別バイオマス発電株式会社の堀隆博さんから、見学前にヘルメットとトランシーバーを受け取りました。工場内では木材を加工する音が大きく、トランシーバーがないとほとんど声が聞こえないのだそう。
まず見せていただいたのは、発電所に隣接する「オホーツクバイオエナジー」の工場。ここでは、オホーツク地域の林業生産者から集められた木材が木質チップに加工・集荷されています。
建物に入ると、なるほど、トランシーバーの理由がわかります。
ひびき渡る、ガガガガ! という木を削る音。大声で話さないと、隣の人の声もよく聞こえません。削ったあとに出る煙なのか、水蒸気なのか、建物のなかは白くぼやけており、室内は木のかおりで満たされています。
隣のスペースに移動すると、そこには大量の木質チップが積み上げられていました。
これは「チップヤード」。工場で加工されたものと、各地で加工され、運ばれてきた木質チップがこのスペースに集められ、発電で利用される日を待ちます。チップヤードには、最大4日間発電できる分のチップが保管されるのだとか。
チップヤードの木質チップは、道を挟んで隣にある発電所とのあいだにかけられた「移送コンベア」で運ばれていきます。
木質チップの行き先をたどって、僕たちもそのまま発電所の中へ。建物に入ると、むっとした熱気を感じます。
ここは「循環流動層ボイラ」と呼ばれる設備で、木質チップや補助燃料としての石炭、あるいは輸入されたPKS(パームヤシの殻)などが燃やされています。
ボイラーの内部は、パイプが何本も通る複雑な仕組み。ほんの少し開けられたのぞき窓から中をのぞくことができました。
僕らがふだん何気なく使う電気を発電するために、どれだけの膨大なエネルギーが必要なのだろうか……ごうごうと燃え盛る炎を見て、途方にくれそうになります。
建物の上層部に上がると、そこにはタービンと発電機が。
ボイラーで発生した蒸気でタービンを回し、発電機を通して電気に変えられる、という仕組みなのですが、実際の発電機はちょうどコンテナを少し小さくした程度のサイズ。その小ささが、ちょっと意外でした。
この発電機で発電できるのは、常時50MW、約10万世帯分。単純計算すると、オホーツク地域の世帯全てをまかなえるほどなのだとか。
苗木が育ち、山に植えられ、50年かけて大きな木に育ち、伐採されてチップになり、ここで燃やされて電気になって、そして各家庭の電球を灯す……。
このツアーを通して、そんな木の長い道のりをたどったような気持ちになりました。
林業、育苗、発電。各現場を見ていくことを通じて、このオホーツク地域では自然とともに人の営みがあることを実感します。
それは、いわば大いなる生態系の一部として僕たち人間がいる、ということ。そして人間の営みとしての産業もまた、相互に関わり合う生態系をなしているということなのでしょう。
オホーツクツアーは、つづきます。
(後編へつづく)
一般社団法人ドット道東
Web: https://dotdoto.com/
Instagram: https://www.instagram.com/dotdoto_official/
有限会社宇野林業
〒099-0428 北海道紋別郡遠軽町西町2-6-46
有限会社岸苗畑
〒099-5543 北海道紋別郡滝上町新町
紋別バイオマス発電株式会社
〒094-0012 北海道紋別市新港町4-6
Web: https://www.mbep.co.jp/
text: 山中散歩(@yamanaka_sampo) photo: 篠原豪太(@gotashinohara)
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