家族の一生に一度の思い出に寄り添う温かなランドセル 土屋鞄製造所
1965年の創業から温もりあるランドセルの製造・販売を行う土屋鞄製造所さん。町工場の多い東京・足立区で、ひとつのランドセル工房から始まり今年で50年目を迎えます。今回は、土屋鞄製造所さんのランドセル工房へお伺いし、創業者の土屋國男さんに根掘り葉掘りとお話をお聞きしてまいりました。
子どもにとっても、家族にとっても、一生に一度の長くて短い6年間。職人さんの手仕事に込めた思い詰まったランドセルが、子どもたちの背中を支え、子どもたちの成長を見守り続けています。そんな思いの込もったランドセルが生まれる工房内は、ものづくりが好きで好きでたまらないと必死に技術を磨く若い職人さんの熱気と、國男さんを「おとうさん」の愛称で呼ぶ家族のような温もりで満ちあふれていました。
この工房で生まれた温もりが子どもの背中に宿るようで、子どもがいなくとも未来を想像して、ランドセルを購入しそうでした。
鞄職人の象徴「革包丁」
土屋鞄さんのロゴマークは、革を裁断する革包丁!
スムーズに革包丁を動かし、正確に革を裁つ「手裁ち」の工程では、
熟練した職人技が必要で、まさに革包丁は鞄職人の象徴なんです。
店舗と事務所が併設された工房は、レンガ造りのお洒落な外観。
事務所側の扉をあけると左手には、大きな4人のポスターが貼られています。
「共に肩をならべて、いつまでも作り続けよう。since 1965 土屋鞄製造所」
ポスターに書かれたコピーが、心に刺さって目頭が熱くなりました。
子どもたちと思いのリレー
工房前の扉横のボードには、子どもたちからのイラスト入りの手紙がはられています。
今年もたくさんの「ありがとう」のメッセージが届いたそうです。
「子どもたちからのことばが嬉しくて、仕事冥利に尽きます」と工房の皆さんが口をそろえて言います。
お客さまと作り手の互いの笑顔を感じられる場が身近にあるって、
なんて温かくて家族思いな工房なんだろうと見学前からドキドキです。
「今日はよろしくお願いします」と、会話一つ一つに丁寧に笑顔で対応してくださる國男さん。
この凛とした上品な佇まい。「上の子が5年生だけど、下の子にも使わせたい」とお客さまからお声をいただくこともあるほど。
この頑丈なランドセルはどのように誕生したのでしょう?
創業前までさかのぼってお話をお聞きしました。
生き物のような革を相手に
同級生の友だちが田舎におりまして、「僕は東京へ就職するんだけど、お前もいかないか?」と彼に誘われ、一緒に上京しました。
東京にきて驚いたことは、朝の8時から夜の10時まで仕事をするという業界でびっくりしました。
岐阜から出てきて就職した会社がたまたま鞄屋さんで、その鞄屋さんがランドセルや中学生用のセカンドバックを販売する会社でした。その会社で10年間、ランドセルの材料をそろえる業務を担当し、親方にランドセルのパーツ各々の1番いい革の取りかたを学びました。一枚の革でも組織が違うんですよ。伸び具合やシワの出具合が、革の組織によって違ってくるので、これを取る時はこの辺りをということを頭に叩き込みましたよ。パーツの働きと革の組織を理解していないと、同じ革でも6年間持つ耐久性の強いランドセルを仕上げることができないですからね。
当時、就職した会社にいた8人の先輩たちはみな独立して、下に人をいれて巣立っていく姿が光って見えて、自分も先輩たちと同じ道を歩みたいとそう思いました。
まずは、親方の親戚の工房へ行きまして、ランドセルの全行程をマスターするぞと1年間修行しました。見て覚えろという世界ですから、先輩の手元をみながら必死に覚えていきました。ですが、1年ではここを作っていないという箇所がまだあったんですよ。
独立後に目の当たりにした現実
頭の中でランドセルは、ああやって作るんだと理解はできていると思っていたんですが、実際に独立して、いざ自分の手でやってみると、あれっ全然違うな…。という現実を目の当たりにしました。見ていると簡単に作っていたのが、いざ自分でやってみるとその大変さ、初めてわかりましたね。
初めてつくったランドセルは「早くなんとか形にしたい」との想いでいっぱいいっぱいでした。先輩たちが作ったランドセルと納めた作品を見比べて、明らかに違うなあと当時は思いましたね。
想像力を働かせて、ランドセルの原型を描いていく
独立して4年が経過し、親方から「全国鞄協会に出品しないか」と声を掛けて頂きました。出品するために1週間かけて、頭の中にランドセルを背負ったこどもをイメージして、横から見たらどうだろう、後ろから見たらどうだろうと、頭の中のこどもを動かして多角的に見て、自分だけの作品を構想して作っていきました。
CADのように自分の頭の中に、ランドセルの原型を描いていくんです。
四畳半に閉じこもって、ミシンの椅子の上にランドセルをのせて1週間、自分だけのオリジナルのランドセルを作ってみましたが、最初の出品は、落選してしまいました。
一番いいものをと必死の思い
落選した年は、入選した先輩たちの作品を必死になって研究しました。自分の中で、ここがいいなという部分をたくさん発見して、いい部分といい部分を掛け算して増やしていきました。ランドセルを壊して中の作りを見たりと真似しましたが、真似するにも簡単には真似できない部分もありました。
その縫い方には、いい道具といいミシンが必要でした。いいものを作ろうと思うと、道具が非常に重要です。ミシン一つにとっても、色々な種類があり、自分で手作りした道具を組み合わせて作ったものもあります。
その甲斐あって、落選した次の年は入選して、その次に年は優選。その次の年は2位になり、全国百貨店協会会長特別デザイン賞と経済産業省局長賞を受賞しました。お客さんに一番いいものを提供したいという気持ちで必死になって考えて、作るたびに成長して作り続けました。
いつも頭の中にランドセルがありました
当時は、修理に時間がかかる時もありました。ミシンが壊れてから電話を掛けても、ミシン屋さんも忙しいので、すぐには修理に来てもらえないことがあります。ミシンが使えないと仕事にならないので、ミシン屋さんがきた時は、自分でも修理できるように、ミシン屋さんにどこを見ているのか、聞きながら覚えていったそうです。絶対に自分のものにしないといけないと思いながら聞いていましたね。
人の作品を見たり、友だちの先輩の家に遊びにいっては技術を見たりと、私の頭の中には、いつもランドセルがありました。
「ああやればよいのか、ああするといいなと」
一番好きな人にプレゼントする気持ちで
全国で一番になりたいという高い目標を持って必死になって向かっていく気持ちがないといい作品は作れません。今も工房をまわって、若い人に励ましの言葉とともに声をかけています。工房の若い人に「つくる時は、必死になって作りなさい。一番好きな人にプレゼントする気持ちでね」「このやりかたよりもいい方法があるかもしれないから、自分で考えなさい」と伝えています。
私の中に、こういう物を作るとお客さまが喜んでくれるというものはあるけれど、その過程は自分たちで考えて見つけ出してほしいですね。自分で経験することで広くものが見えるようになりますからね。
工房内のお客さまスペース
真剣に作っている裏も表もない様子、正直な工房を見せる空間が、自分たちにとって大事なことだと思っているんです。お客さまに見られていると思うと作る方も必死になって集中しますよ。それだけ、裏表なく、一生懸命に励んでランドセルを作っていることがお客さまに伝わればととても嬉しいです。お客さまからのありがたいお言葉を頂けることは、本当に作るものの冥利ですよ。と笑顔を絶やさずに話す國男さん。
1本110種類以上。見えない部位にもたくさんのパーツ
壁に貼られた約110種類のパーツ。小さなものから大きなものまでたくさんあります。これら全て、ランドセル1本のパーツなんです。
革の内側に芯材を入れることで、歪みや革の反りを防いでいたり、擦れやすいベルトの部分には、補強テープを貼っていたりと、見えないところにも多くのパーツが使用されていました。どうりで「6年間使ってもまだまだ頑丈だ」と言われるんですね。ランドセルの種類は、色と革の組み合わせると60くらいにもなるんだとか!
緊張の一瞬に集中して
パーツごとに、ステッチの位置や糸の太さが決められています。職人さんは、大きなミシンでランドセルのパーツを歪みなくまっすぐ縫っていきます。
0.1mmのずれでも印象が変わる
上の写真は、「ランドセルの顔」と呼ばれるカブセのミシンがけです。0.1mmでもずれるとランドセルの印象が変わってしまうと言われるほどで、
ミシンの前に座る職人さんは、緊張感を全身に漂わせ、どなたも真剣な面持ちです。
工房内には、20代から70代までの職人さんがパーツごとにチームになって作業しています。
「作られたパーツを次のチームが受け取り、貼り付けていきます。色は6年間飽きのこないように深みのある色を選んでいます」と上品な顔立ちのランドセル抱えて國男さん。
工房内には、たくさんのランドセルのパーツが綺麗に並び、壁を見ると、おしゃれに彩られた道具入れ。
「毎日使う大切な道具たちを無くさないようにするための工夫です」と広報の清野さん。オシャレな仕掛けが工房内のいたるところに見受けられます。
ミシンを前に集中した面持ち。
ずれることがないよう糊付け作業も丁寧に丁寧に。どうしても、ものづくりがしたくてと飛びこみで入社を希望される方もいらっしゃるほどで、職人さんの懸命な姿が工房内にはいっぱいです。
時間がかかっても、1点1点丁寧に思いを込めてミシンで縫っていきます。1つの工程のずれが、次の工程担当者、全職人さんに迷惑がかかってしまう。だからこそ、一瞬一瞬の集中がとても大事なんだそうです。
業務時間が終わっても、工房からはカタカタと音がすることもあるそうです。大切な人への贈り物を作る職人さんや、ランドセルづくりの練習をする職人さんと皆さんものづくりが大好きなんだそうです。
「向かう先は一つでありたい 心一つに!」と製造部の職人さんが書かれたことばが壁に掲げられています。
「一生懸命にものづくりをする若いこが大好きだね」と若い職人さんを連れてご飯を食べに行ったりとみっちゃんの愛称で親しまれている山岸さん。
山岸さんは、創業すぐに國男さんと一緒に作業を開始し、職人歴は50年ちかく。
「お客さんの声が一番の励みになってるよ。お客さんの声がいちばん嬉しいよ」と笑顔のみっちゃん。姪っ子に自分で作ったランドセルをプレゼントしたんだとか。
前と背中部分の貼り合わせ作業をしています。歪んでしまうとお客さんに届けられないランドセルになってしまうので、とても重要な工程です。ほかのパーツとも合わなくなってしまいます。一見、同じように見える革もそれぞれに違いがあり、革の組織にもくせがあります。ここは硬い、柔らかいを見ながら、自分の力の入れ具合を調整します。
工房内にたくさん並ぶランドセル。来年の春の1年生のために今から製造中です。
「若い職人さんから、今の仕事が楽しい!という声が聞けることが本当に嬉しいんですよ」と家族のように大切に社員を思いやる國男さん。
國男さんは、工房にいた職人さんに声かけをしていました。工程のポイントや普段のことまでいろいろとお話するそうです。
「職人さん一人一人にそれぞれ個性があります。その個性が生かせられうようにポイントは教えますが、自分にあったやり方を見つけたほしいと思っています」と若い職人と笑顔で会話する國男さん。
温もりある工房には家族のような職人さんたちのつながりと國男さんの温かな眼差しがとても眩しく、生き生きと働く若い職人さんの姿で満ち溢れていました。
工房に併設されたショップで、工房の丁寧な手仕事を目の当たりにして、どうしてもランドセルを背負いたくなりました。大人ですが無理を言ってランドセルを背負わせていただきました。このいい革の香り、上品な鞄の顔立ち、もう背負って今日は帰りたいです!
土屋國男さん、広報の清野さん、工房の皆さま、本日はワクワクの工房見学をありがとうございました!家族にとって一生に一度の思い出に、この温かなランドセルが温かな記憶として、残ることは間違いなしと感動しました。本当にありがとうございました!
【詳細情報】
株式会社 土屋鞄製造所
住所:東京都足立区西新井7-15-5
電話番号:03-5647-5123(お客さまサポート係、平日10時〜17時)
・土屋鞄のランドセル
URL:http://www.tsuchiya-randoseru.jp/
Facebookページ:https://www.facebook.com/tsuchiya.randoseru?fref=ts
・土屋鞄製造所
URL:http://www.tsuchiya-kaban.jp/
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e-mail:support@tsuchiya-kaban.com
(text:坂田 photo:市岡)
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