「オホーツクの魅力体験ツアー」で体感した、自然・産業・人間の生態系(後編)
北海道の道東エリアを拠点に活動する「一般社団法人ドット道東」さん主催の、「オホーツクの魅力体験ツアー」。
二泊三日で農業、林業、酪農といった一次産業の魅力を体験できるこの旅に、しゃかいか!と東京在住のライター・山中散歩が共に参加しました。
ここまで、育苗・林業・バイオマス発電の現場をめぐってきた旅。参加者を乗せたバスは次の現場を目指し、広大な北海道の大地を走ります。
酪農家を支える、哺育・育成センター
ツアー参加者たちを乗せたバスがたどり着いたのは、三角屋根のひらべったい建物がならんだ場所。よく見ると、建物のなかには牛たちの姿が。
ここは「株式会社デイリーファーストゆうべつ」という場所。令和3年(2021年)10月にスタートした、湧別町初の、牛の「哺育・育成センター」です。
湧別町などのオホーツク地域では、冷涼な気候とその土壌を活かして、牧草地を使った大規模な酪農がおこなわれています。しかし酪農の大規模化に伴って直面したのが、労働力不足という課題。その中でも特に労力がかかる哺育・育成の過程は、酪農家にとって大きな悩みの種でした。
そこでデイリーファーストゆうべつでは、地域の酪農家さんから牝牛の子牛を預かり、生育・授精・妊娠させたうえで、また元の酪農家さんへ帰す取り組みを行っているんだとか。酪農家自身がおこなうと大変な「哺育・育成」のプロセスをこの場所で担っているのです。
今回ツアー参加者は、実際に行われている作業の一部を体験させてもらえることに。「フンがつくことがあるので」ということで、長靴を装着し、それぞれの牛舎に分かれます。
デイリーファーストゆうべつには、現在6つの牛舎に1100頭くらいの牛がいるそう。牛舎は牛の生育過程ごとに「導入舎」→「哺育舎」→「育成舎」→「授精舎」→「妊娠舎」に分かれています。
順番にのぞいていくと、導入舎ではかわいらしい子牛がミルクを飲んでいたのが、あとの牛舎になるにつれて、牛の体がぐんぐん大きくなっていきます。
「授精舎」や「妊娠舎」になると、もう立派な牛の姿。僕の体の二倍はあろうかという大きな牛がずらっと並ぶ様子に、思わず圧倒されます。
「導入舎」では、子牛にミルクをあげる体験をすることができました。
粉ミルクを機械でまぜて子牛に与えるミルクをつくり、専用の容器に入れて、犬小屋をちょっと大きくしたような「カーフハッチ」にセット。するとカーフハッチの中にいる子牛たちが、一心不乱にミルクを飲みはじめます。かわいい。
そのとなりにある「妊娠舎」に移ると、牛に与える飼料の香ばしいにおいが漂ってきます。ちょうどそこでは、まもなく農家さんのもとへ返される牛たちが、藁をはんでいるところでした。あんなに小さかった子牛が、たった数ヶ月でこの大きさにまで成長するのだから驚きです。
ここでツアー参加者は、それぞれの牛をリストと照らし合わせてチェックする作業を体験。なんでも、今年の5月からつい先日まで、この施設の近くで放牧をしていたそうで、酪農家から預かった牛がちゃんと揃っているかどうかを再確認する必要があるのだそう。たしかに、迷い牛がいたらたいへんなこと。大事な作業です。
ちなみに牛たちが食べている飼料は、このエリアの農家から届いたものを使っています。酪農という産業内だけでなく、産業間をまたいだ支え合いがあるようです。ここでも、オホーツク地域にある産業同士の結びつきを感じるのでした。
かわいい牛たちの姿に後ろ髪をひかれながら、次の見学に向かいました。
農家を支えるためにできた、玉ねぎの加工場
ツアーの最後に訪れたのは、「JAえんゆう(えんゆう農業協同組合)」が運営する「玉葱選果場・キュアリング施設」と、隣接する「野菜加工場」。
オホーツク地域は、玉ねぎの一大産地として知られています。ちなみに隣接する北見市なども含めた「北見地域」の玉ねぎ生産量は、なんと全国シェアの半数以上を誇るほど。
「JAえんゆう」はそのなかでも、「旧上湧別町」「遠軽町」「旧丸瀬布町」「旧生田原町」「旧白滝村」の旧4町1村を営業区域としており、今回訪れた施設ではその地域で収穫された玉ねぎが集められ、選別、加工まで行われています。
案内をしてくれたJAえんゆうの清水徳郎さんによれば、かつてこの地域はりんご、ホワイトアスパラの産地であった時期もあったものの、いずれも農作物の病気がひろまったことで収穫がむずかしくなり、徐々に玉ねぎの生産に切り替えていったのだそうです。
そして近年、安価な外国産の玉ねぎに対抗するためにつくられたのが「野菜加工場」。収穫された農作物を出荷するだけでなく、規格外品も含めて食品会社向けに加工することにより、さらなる付加価値をつけて販売しているのです。
さて、「玉葱選果場・キュアリング施設」に足を踏み入れると、まるでコストコの店内のような大きな倉庫に、うず高く積まれた金網の大きな箱が目に飛び込んできました。
箱のなかには、玉ねぎがぎっしり! これまで人生で目にしてきた玉ねぎの数を、この倉庫の中だけで優に超えそうです。
となりの部屋にうつると、そこではベルトコンベアで流れてくる玉ねぎを、エプロン姿のスタッフたちが手作業で選別していました。
作業の様子をよく見てみると、形がいびつだったり、傷がついたりしてしまっている玉ねぎを、規格外品としてはじいているようです。ベルトコンベアの前に立つみなさんのまなざしは、まさに真剣そのもの。手際よく、ぽいぽい、と選別していきます。
こうして弾かれた玉ねぎがどうして他のものと違うのか、僕の目には、さっぱりわかりません。きっとこの作業は熟練の目があってこそなせる業なのでしょう。
選別作業を終えた玉ねぎは、そのまま段ボールに詰め込まれ、となりの倉庫へと運ばれていきます。
出荷される玉ねぎは、この施設を起点にトラックや貨物列車に積みこまれ、北海道から沖縄、さらには台湾にまで運ばれていくんだそうです。みなさんの食卓の上にも、きっとオホーツクの玉ねぎが届いているはず。
さて、はじかれた玉ねぎはというと、そのまま廃棄される……のではなく、近接する「野菜加工場」へ送られます。ここでは、規格外となった玉ねぎの皮をむいて加工する作業が行われているのです。
この工場で加工される玉ねぎの量は、なんと1日に4.5トン!スタッフ一人あたりにすると、1日500kg以上も作業する計算に。
施設の中では、さながら回転寿司のようなベルトコンベアーに沿って、作業員さんたちが作業を続けていました。流れてくる玉ねぎを、ナイフと空気銃のようなものがついた特殊な器具で切り、玉ねぎの皮を空気でとばしていきます。
ここで皮をむかれた玉ねぎはそのまま食品会社の工場などに運ばれ、ドレッシングなどの加工食品になるのだそう。
そんな解説を聞いていると、次第に僕の目から涙がふきだしてきました。ベルトコンベアを流れる玉ねぎのあまりの量に身体が反応してしまったようです。
作業員さんたちのなかにも、長年の仕事で玉ねぎアレルギーになってしまったり、ベルトコンベアーで目が回ってしまうので、酔い止めを飲みながら作業する方がいるんだとか。
そんな地道で大変な作業ですが、この玉ねぎ加工場はオホーツク地域の農家にとって大事な役割を持っています。
そもそもこの加工場をつくったのは、地元の農家を救うため。かつてはそのまま破棄されていた規格外の玉ねぎも、この加工場ができたことで、それらも含めて各農家から買い取ることが可能になったのです。
こうして実際の様子を見てみると、僕たちの食卓に玉ねぎが届くまでに、農家さんやJAの職員、選果や加工を行う人など、実に多くの方々が関わっていることを実感します。今度僕が玉ねぎを食べるときには、JAえんゆうのみなさんの顔が浮かんできそうです。
方言に生き続ける、“助け合いの精神性”
今回のツアーのユニークなところは、林業・農業・酪農と、異なる産業をまたいで現場を見学させてもらえたこと。異なる現場、そして異なる産業同士が、じつはお互いに支え合いながら営まれているということが、今回の旅を通して見えてきました。
こうした支え合いの精神は、ひょっとすると北海道やオホーツクの地域性とふかく関わっているのかもしれない……。そう感じたのは、二日目の夜に行われた懇親会でのことです。
オホーツク地域では、一軒ごとの土地が大きく、庭に大きな倉庫を持つ家庭が少なくありません。そうした倉庫で、週末になると友人や家族たちとバーベキューをして過ごすのが地域の人の娯楽のひとつなのだとか。
この日も、そんな地域のみなさんが、オホーツクスタイルのバーベキューでツアー参加者たちをもてなしてくれたのでした。
地元・湧別町で採れたぷりぷりに分厚いホタテ貝や、これまた地元で生産された牛肉などに舌鼓を打ちつつ、今回のツアーを主催したドット道東の中西拓郎さんにじっくりとお話を聞いてみることに。
ー今回、なぜこのツアーをやることに?
中西さん:オホーツク地域は人口がどんどん減っているので、どの産業も担い手の確保に苦労してるんですよ。なので、「産業間で連携して、ここで働くことに興味を持つ人を増やす企画をできないか」と相談をいただいたのがきっかけです。
ただ、ツアーに来たからといってすぐに移住、就職とはならない。だから、移住を検討している人以外にも、「オホーツクで一次産業の現場を見る旅をしてみたい」という人にまで裾野をひろげた企画にしたんです。
ー参加者の方は、初対面の方もおおいのに、バスの中ですぐ打ち解けていましたよね(笑)
中西さん:そうそう! 本当は事務局が気遣って話をふったりしなくちゃいけないはずなんですけど、みなさんすぐ仲良くなってたから、「僕ら、やることないね」みたいな感じでした(笑)。
ーははは! そして、見学を受け入れてくださったみなさんも、本当に歓迎してくれておどろきました。
中西さん:この地域のみなさんにとっても、外から人が来てくれるのは刺激をもらえて、すごく喜ばしいことだから、歓迎してくれるのかもしれないですね。
あと、地域性もあるかもしれません。北海道って、みんなで頑張って開拓してきた土地なので、「おかげさま」みたいな精神が、あるんですよ。
ーおかげさま?
中西さん:僕、けっこう好きな言葉で、「なんもなんも! かえってさ」っていう方言があるんです。意味わかります?
ーいや、なんだろう…
中西さん:たとえば、僕がこのホタテをいただくとするじゃないですか。相手に「ありがとうございます」って言ったら、「なんもなんも! かえってさ!」って言われる。「ぜんぜん大丈夫だよ!こちらこそお世話になっているんだよ」ってニュアンスなんです。
ーなるほど!
中西さん:この「なんもなんも!かえってさ」にふくまれてる、“助け合いの精神性”みたいなもの。それって、まさに自然への畏怖からきてるんじゃないかと思うんです。
たとえばオホーツク地域で冬にバスに乗ってて、いきなり道端に降ろされたら、死んでしまいますよね。そういうふうな「リスクがとなり合わせの土地」だからこそ、助け合いの精神性みたいなものが育まれたんじゃないかなぁと。
ーああ……それこそ助け合わないと、生きていくことができなかった。
中西さん:はい。もしかしたら現代では、その精神性は形骸化してるのかもしれません。でも、もともとの僕たちの先祖、この土地を開拓した人たちのなかには、そういう精神性があったはず。「道民スピリッツ」みたいなものが、「なんもなんも!かえってさ」っていう方言にあらわれてるな、と思います。
中西さんの話を聞きながら、僕の頭の中には、このツアーで出会ったみなさんの顔が浮かんでいました。
宇野林業のみなさん、岸苗畑のみなさん、紋別バイオマス発電株式会社のみなさん、ディリーファーストゆうべつのみなさん、JAえんゆうのみなさん、そして宿とご飯を提供してくれたゲストハウスのみなさん、などなど……。
ツアー参加者や僕ら取材チームをあたたかく迎え入れてくれた、一人ひとりの笑顔が浮かんできます。
そのあまりの歓待ぶりに、「なぜそこまで?」と僕はどこか不思議に思っていました。
でもひょっとしたらそれは、オホーツクに住む彼ら・彼女らにとっては、ごく当たり前のことなのかもしれない。北海道の、あるいはオホーツクの人々の奥底にある“助け合いの精神性”こそが、あたたかいホスピタリティの原点だったのでしょう。
そして何より、「依存」といっていいほど、ふだんは隙あらば見ているスマホを、このツアーの最中はほとんど手にしていない自分に気づきました。
精神科医の松本俊彦さんは「アディクション(依存症)の対義語はコネクション(つながり)」と言っています。
人とのつながりや自然とのつながり、言い換えれば、自然という生態系のなかに身を浸すことで得られる、地に足がついた感覚。それが、このツアーを通して芽生えたことを実感します。同時にそんな「つながり」の感覚こそ、現代の都市で暮らす僕らが特に必要としているものなのかもしれません。
「ほら山ちゃん、食べて食べて!」
気がつくと、目の前の僕のお皿には肉がどっさりとのせられていました。目を上げると、そこにはさっきからずっと肉とホタテを焼いてくれている、JAえんゆうの尾形厚さんの顔が。
ありがとうございます、こんなにもらっちゃって。
「なーんも! かえってさ!」
そう言って、彼はニッと笑いました。
生態系の中で生きる
3日間のツアーを終え、オホーツクのすずしい風の余韻も忘れつつあったある日。家の近所を歩いていると、八百屋さんの店頭にどこかで見たことのある段ボール箱を見つけました。
それは、あの玉葱選果場から出荷された玉ねぎの箱。僕たちが足を運んだオホーツクの地から、遠路はるばる東京まで運ばれてきたのでしょう。
自然という生態系や、産業という生態系、地域という生態系。そのなかで、オホーツクの人々は助け合いながら生きている。いや、東京で暮らす僕も、その生態系の一部にちがいありません。
どこか遠い土地だと感じていた、オホーツク。その存在を、いまではすこし近くに感じます。
一般社団法人ドット道東
Web: https://dotdoto.com/
Instagram: https://www.instagram.com/dotdoto_official/
株式会社デイリーファーストゆうべつ
〒099-6414 北海道紋別郡湧別町錦町279‐1
Web: http://www.ja-yubetsu.org/publics/index/114/
JAえんゆう(えんゆう農業共同組合)
〒099-6501 北海道紋別郡湧別町上湧別屯田市街地230
Web: https://www.ja-enyu.com/
text: 山中散歩(@yamanaka_sampo) photo: 篠原豪太(@gotashinohara)
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