山に暮らし、自然から色を採集する異色のデザイナー&プリンター。吉田勝信さんに会いに吉勝制作所へ行ってきた

こんにちは!ライターのヒラヤマです。

しゃかいか!さんでは過去さまざまな現場を取材させてもらっているんですが、山の中はさすがにはじめてですね……。

あっ、ほらみて!でっかいきのこ!!

ぶりんぶりんの天然ヒラタケ。山の恵み〜!

でっかいきのこにテンション上がってますが、いえ、きのこ採集の現場に来たわけではなくてですね……。

吉勝制作所の吉田さんに会いにやってきました。

吉田さんのアウトプットを見た印象

(21_21 DESIGN SIGHT 企画展「もじ イメージ Graphic 展」(2023年ー2024年)での吉田さん展示)

いまや「デザイン」という言葉には、世の中のいろんな前提が乗っかっています。クライアントのニーズに応えたものであるとか、陳列された売り場で競合製品よりも目立つ必要があるとか。余談だが、果汁100%のジュースでないとフルーツの断面を描いてはいけないというルールも存在するので、場合によっては法律が枠組みを決めているデザインもまま存在するという。

もちろん現代のルールや商品の目的もしっかり考慮されたうえでの話ですが、吉田さんの制作物は、身近に見かけるモノとは一線を画していると思います。なんというか「いまっぽくなさ」がある。

いや、いまっぽくないと言うよりも、昔からずっとかっこよかったもの。

それは厄除けや子孫繁栄などを願って衣服や調度品に施された、草木や動物を図案化した刺繍や彫刻であったり、さまざま植物の葉や茎を編んでつくられた編笠や箕であったり、アニミズムが色濃く残る各地の神様のお面なんかに触れた時に感じる印象に似ていました。

大量生産・大量消費の価値観が世の中を席巻する前の、もっと土着的で根源的で、ミニマムで、原始の精神に近いもの。土や草のにおいが漂う、懐かしさのなかに少しの畏怖を感じるもの。

こんなものをつくれる人って、いったいどんな人なんだろう。

公式Webサイトによれば、吉田さんの肩書きは「採集者・デザイナー・プリンター」。デザイナーさんだと思っていましたが、それだけのお仕事ではないようです。しかし、採集者・プリンターってどんなことをしているんだろう?

幸い、吉田さんとお仕事で関わったことがある人が周囲に複数人いたので、聞いてみることにしました。

いろんな人にきいた「吉田さんってどんな人?」

カモシカ……?

サラブレッド……?

「教えて欲しい」って聞いたのに、吉田さんへの熱烈なラブレターが届いたり……。

うーん、聞けば聞くほどよくわからない。

吉田さんっていったいどんな人なんだろう。それを知るために、吉田さんに会いに山形に向かいました。

しかもお話を聞くだけではなく、吉田さんが普段からおこなっている色の材料採集や、工房の見学、そして実際に色をつくって印刷機にかけるところまで体験させてもらえることに!

色の材料採集って、何をどんなふうにするのか。どんな場所で制作に取り組んでいるのか。興味のつきない旅になりました。

自然から色を採集する「Foraged Colors」という取り組み

山形空港から吉田さんの工房に着いてすぐ「じゃあ素材を採集しに行きましょう」と山にやってきました。

ワークエプロンに蔓編みの籠を携えたアウトドアスタイルな出立ちの吉田さん。

ー:素材を採集とのことですが、吉田さんってざっくりいうと何をやっている人なんでしょうか?

吉田さん:いまメインでおこなっている取り組みとして「Foraged Colors」というものがあります。山や海などの自然のなかから得た素材で顔料やメディウムをつくっています。

ー:えっと、顔料やメディウムをつくるというのは、どういう……?

吉田さん:もちろん例外はありますが、一般的には水や油に溶けるものを染料、そうではないものを顔料と区別できます。さっき言った藍染は、藍の色素が溶けた水で布などを染める技法ですよね。顔料は、色のもとを粉末状にし、定着剤などと混ぜて着色ができるものです。染めるのではなく塗ったり、刷ったりする技法です。昔から顔料の原料になるのは、鉱物とか土とか。

ー:絵画表現なんかは、鉱物の粉末を樹脂やにかわなどと混ぜてつくられますもんね。

吉田さん:でも、植物の樹皮や枝、草や花、果実などからも色は抽出できますよね。それらは昔から染めの技法には原材料としてたくさん用いられてきた。「Foraged Colors」は、旧来、顔料には不向きと言われる色の抽出物に手を加えて、染料ではなく顔料をつくれないかという研究をおこなっているんです。

ー:吉田さんの肩書きで「採集者・デザイナー・プリンター」とよくお見かけするんですが、ご自身でデザインも印刷もするってことですか。

吉田さん:そうですね。もともとロゴやパッケージなど、グラフィックデザイナーとしての仕事もしていました。プリンターは文字通りの印刷屋です。自宅の工房に備えてある印刷機で刷ってます。

ー:ご自身で顔料をつくって、デザインして版をつくって、印刷までできちゃうという……スーパー制作者じゃないですか!

天然の蛍光イエローが鮮やか!キハダの樹皮を採集する

吉田さん:ここらへんで、キハダの樹皮を採集しましょうか。

ー:キハダ。

吉田さん:読んで字の如く、樹皮を剥くと黄色い内皮がとれる素材なんですよ。少し採集して、工房に戻ったらこれで印刷用の顔料をつくってみましょう。樹皮はスポンジ質なんで、こうやってナイフを使ってキハダの樹皮を切り取って……。

ー:めっちゃ蛍光イエロー!

吉田さん:ちょっと最初はびびるくらい鮮やかですよね。草木染めだど、黄蘗色っていう鮮やかな黄色に染まります。でも、この色は酸化するにしたがってどんどん茶色くなっちゃう。顔料にすると黄色は戻ってくるんですけど、もう少しマイルドな黄色になっちゃう。こんな鮮烈な色は、採集した今の瞬間だけです。

ー:この色をリアルで見れるのは、採集した人だけが見られる贅沢なんだなあ!ワクワクしますね。

吉田さん:あとキハダは漢方にもなりますね。山間部に昔住んでた人とかだと、お腹壊した時におばあちゃんから「これ咥えとけ」ってキハダを渡されたらしいです。苦いんですけどね。実はいい香りがしておもしろいんですよ。

潰すと爽やかな香りがするキハダの実。鳥にも人気なんだそう。

ー:トレジャーハントみたいでおもしろい!キハダ、特徴を知らなかったら山に行っても気づかないけど、こんな鮮やかな色がすぐそこにあるんだ……。

山は未分化の状態だからこそおもしろい

山で採集した恵みがたくさん投稿されている吉田さんのInstagram。

ー:吉田さんは昔から山野を巡ってきたんですか?

吉田さん:山に入るようになったのは11年くらいですかね。制作物に使うものだけを採りにいくわけではなくて、山菜や野草、花や木の実とか。山菜や野草はその日の食卓で使ったり、塩漬けにして保存したり、花や木の実はお酒に漬け込んだり、ジュースにしたり。

ー:めっちゃ豊かな山暮らしだ。

吉田さん:別に山に入らなくても生きてはいけるけど、やっぱ楽しいからですよね。見るもの、触るもの、全部がおもしろいなって思います。最初は、図鑑も見つつ地元に住む山の先輩たちにいろいろ教えてもらいました。山の先輩たちって、普段から樹皮を剥がしたり材木を切ったり、山の素材を生活に使うってことを当たり前にやっているんですよね。そういう人たちと一緒に山に入って、樹皮の剥がし方や香りのする木、食べられる木の実なんかを教わっていきました。

ー:先人たちからの知恵が、山歩きをいっそう楽しくさせてるんですね。

吉田さん:そうそう、あと山って、未分類の状態であるのがおもしろいなって思うんです。

ー:未分類の状態?

吉田さん:たとえばクルミの木だったら、樹皮は籠なんかの材料になるし、実は食べられるじゃないですか。伐採したらウォールナットっていう名前で木材になる。ただそういうのって、解体されたものが街に降り立った時にそういう名前になるってだけで、山にあるときはただの木として全部まとめてそこにある。

ー:あ〜、なるほど。ウォールナットの板を見ても、おいしいクルミの実ってなかなか想像できないですもんね。

吉田さん:母親が草木染めをしていたからクルミが染料になるのは知ってたし、クルミの実がおいしいのも知ってる。けど、くるみを未分類の状態でまとまった図鑑ってないんですよね。染料は染料、食材は食材として切り口がバラバラになっている。要素が解体されていく前の手前を知ることができるのは、山に入るおもしろさかもしれないですね。

ー:そういう経験は吉田さんが「Foraged Colors」をはじめた影響にもなっていそうですね。

吉田さんのアウトプットを見た時に感じた、土着的で根源的な、畏怖も覚えるような感覚の出どころが少しわかった気がしました。

「Foraged Colors」で色づくりの分断を繋ぎなおす

この日はキハダの樹皮に加えて、クルミの枝も採集。山から戻ったら、採集したキハダの樹皮とクルミの枝でいよいよ顔料づくり。

ー:そもそも顔料ってつくれるものなんですね。

吉田さん:つくれるんですよ。ただ、それがけっこう難しくて……。単純に水分を蒸発させればいいというわけでなく、色合いをキープしたり、ちゃんと印刷の機械にかけられたりするために、素材によっても、つくる気温によっても必要な手段や日数がバラバラなんですね。草木染めの研究者である母とも共同で、前例のないところからデータを収集して、いろんな試行錯誤をしてきました。

ー:仮定を立てて、実証して、トライアンドエラーの繰り返しですよね。個人でやっていくには途方もない取り組みだと思うんですけど「Foraged Colors」はどういう意思をもって取り組まれてるんでしょう?

吉田さん:収集した素材でインクからつくったり、印刷する紙そのものをつくったり。僕はデザインという仕事を、分業化以前に戻したらどうなるんだろうなってのを考えたりしています。

ー:産業化以前っていうのはどういうことですか。

吉田さん:「この色いいなあ」って思ったポスターとか服って、どういう工程でその色がつくられてるのか、あんまり想像できなくないですか。

ー:確かに、あんまりどころかぜんぜんわからないかも。

キハダとくるみの枝を適当な大きさに折って火にかけ、煮出して置いておきます。

吉田さん:いわゆる機械印刷のインクって化学的に色が合成されたものばかりなんですよね。それだけじゃない、産業革命以降いろんなものが大量生産されるようになってから、色は企業がつくるもので、あとは一部の伝統工芸の業界が手がけるだけになっちゃった。でも、色ってもともと市井の人たちの手によってつくられてきたものじゃないですか。

ー:本来は個人の身近にあった色での表現が、機械産業化や工業化によって分断が起きていると。

吉田さん:そう。「Foraged Colors」は、その分断を繋ぎなおすことができると思ってるんです。身体性をもって昔から人がずっとやってきた色づくりが、量産機械での製造に繋げられるとおもしろいなって。

ー:たとえば街で見かけたポスターに、木のイラストが印刷されていたとして、じっさいに木を材料につくられたインクで描かれてたとしたら、めっちゃすてきです。

自然にやさしく、土地の個性が出る顔料づくり

工房にはさまざまな印刷機や、顔料づくりのための薬品などが並びます。

吉田さん:産業化が生んだ分断をもういちど繋げられるというだけではなく「Foraged Colors」は、ほかにも魅力があって。現在の印刷に使う顔料は化学薬品などを用いた合成顔料がほとんどなんですけど、「Foraged Colors」はほぼオーガニックな顔料なんですよね。

ー:古紙を使うなどだけでなく、インクの面からも環境に配慮された印刷物ができるってことですか。

吉田さん:合成顔料に比べて、製造の環境負荷も低いし、廃棄時の環境負荷も低いのがもうひとつ魅力ですね。あとは、色からローカル性をつくることができるようにもなるんですよね。これは実際に顔料をとって、印刷にかけながら見てみましょう。

一晩経って一層濃くなったキハダとクルミの煮出し汁。甘香ばしい香りがして、なんだか飲めそう。

吉田さん:たとえば地域の文化に根ざしたプロダクトをつくります、そのパッケージにデザインを施しますという時、現代のケミカルなインクで印刷するより、その土地で採れた素材から顔料をつくって印刷したほうが、ストーリーとしても強いですよね。

ー:確かに、木のイラストが実際に木からできたインクで印刷されてたらいいなって話ましたが、山形のクルミをつかったお菓子のパッケージに、山形のクルミの枝でつくったインクで印刷されてたらもっといいですもんね。

煮出した汁をメッシュで漉していきます。

モワモワの粒子が踊る抽出物。ここから複数の工程を経て、色素になる粉部分だけを取り出していきます。これらも、採集した土地によって色合いはきっと変わるそう。

ー:このブラウンひとつとっても、ローカル性を打ち出すことができるんですね。

吉田さん:そうなんですよ、いろんな可能性があっておもしろいですよね。そしてこの技術は草木でもなくても色がつくれるので、つまり農業が近くなってくるんですよね。地域の色を地域が栽培できるようになる。

ー:たとえば山の一角で、素材になるようなクルミやキハダを多めに植えるゾーンができて、それが活用されるとか。

吉田さん:ええ。いま、いろんなところで持続可能性の声も上がりますが、自分のところで自分たちの生活に関わる印刷物に使うインクがつくれたなら、地域が抱える問題を解決できる可能性もある。

「思ったよりもいい色になったな」「意外と手間がかかったな」たくさんの実験を重ねていても、毎回すこしずつ結果は違うそう。

ー:ちなみに、昔から草木染めなんかは身近に見てこられた吉田さんですけど、この顔料づくりの大変さってのはどういうところでした?

吉田さん:「Foraged Colors」は、それぞれの土地で生まれたローカルな色が、一般社会の製造の波に乗り、刷ったものが世の中の身近なプロダクトに反映されてほしいなって思いがあるので、顔料そのものをつくるのもそうですが、やっぱり品質が安定した化学合成インクと同じクオリティを出して、大量印刷が可能なレベルに持っていくのが……。

ー:大量生産方法がすでに確立しているものは品質の安定性がすごいですよね。調味料からぜんぶ手づくりした麻婆豆腐をつくってはじめて、クックドゥの凄さに気づく的な……。

吉田さん:そう、いろんな人がいろんな機械で刷っても安定的であることが大事なので、いままでつくってきた制作物との規模がぜんぜん違うものにはなりましたね。まだいろいろと公表できないことも多いんですが、ようやく形になってきて、いま特許も申請中なんです。

ー:特許も!これからどう広がっていくか楽しみです。

自然や地域との持続可能性をともにしながら表現ができる、可能性に満ちた色が刷り上がった

そして顔料の元を樹脂と混ぜて、刷り上がった色がこちら。素朴なのに艶のある、美しい色合い!

ー:いい色〜!これはテンションが上がります。いままでインクそれ自体にストーリーをもって触れてこなかったんですが、実際に山から採ってきた原料がこうやって印刷されてるのをみると、色そのものにも愛着がわいてきます。

吉田さん:これが化学合成の色なら「普通にいい色だね」で終わっちゃうんですが、今回山形に来て、実際に山に入って採集して、顔料そのものをつくったという体験を踏まえると、色の捉え方も複雑になるし、人が色を判断する時に、どこでどんなふうにつくられた色なのかを考えるようになるんじゃないかな。

そうか、色ってつくれるんだな。

顔料をつくるってどういうことだ?と疑問だったんですが、色をつくるという体験だけではなく、色をつくるという行為の歴史的な背景や、現代人が失ってしまって吉田さんが繋ぎなおそうとしている、色と人々の関係性が見えた1日でした。

後半では、吉田さんのデザインに関する考え方などをお聞きしていきます。

おまけ

冒頭でもテンション上がって載せましたが、おりしも取材時、山は天然きのこの宝庫!

吉田さんは普段から山で採れるいろんなものを生活に活用していますが、とくにきのこは好きだそう。地域の先輩たちからも教わりつつ、図鑑を片手に知識をつけてきたそう。きのこというのは、同じ種類でも個体差が激しく、生息地域によって姿形が全然変わってくるものなのだとか。

採集の帰り道、あちこちにむくむく生えているきのこに取材チームはテンション爆上がり。吉田さんのナビゲートで、きのこ狩りもさせてもらいました。

Text: ヒラヤマヤスコ、Photo: 市岡 祐次郎

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