湧き水と愛情が支える!安曇野のわさびが挑戦する次の100年 大王わさび農場
お造りをはじめさまざまな料理に大活躍するスーパーサブ、わさびを見学。
チューブに入ってるものだけじゃなく、最近は生のものもすっかり定着したわさびには知ってそうで知らないことがいっぱい。いろんな発見がありそうです。
長野県安曇野市穂高にある大王わさび農場(だいおうわさびのうじょう)にやってきました。こちらは開拓が1917年(大正6年)。ちょうど98年、もうすぐ100年です。
常念岳や有明山(安曇富士)といった北アルプスの山並みを間近に望むことができます。
近くの道にはわさびの葉をあしらった街灯がたっていました。わさびの町。
今日案内してくれるのは、濱さん。濱さんは広報室室長とともに「大王わさび農場をもっと知ろう隊」の隊長です。今日はよろしくお願いします!
今日は夏休みなので、しゃかいか!こども編集員も参加!わさび色のシャツがピリリッとキマってるね。
大王わさび農場の中にはわさびを栽培する「わさび田」のほか、水車小屋やレストラン、展望台、わさび漬けも体験することもできます。勉強にもなるし楽しいスポットがいっぱい。今日もたくさんの観光客のみなさんが来ています。
水のきれいなところ、安曇野の原風景
わさび田に行く前に少し寄り道、清流の中で水車がゆっくりと回る風景は、安曇野というか、日本の農村の原風景。はじめて来ましたが「どこかで見たことがある」と思わせてくれる眺めです。
川面の水草で休んでいるのは「アオハダトンボ」、水生植物が茂るきれいな流れの川などに生息しています。オスがサファイアの羽とグリーンのエメラルド的な色の胴をしているのでこの名前になりました。2012年絶滅危惧種に指定されてしまいましたが、大王わさび農場では5月から8月にかけて見ることができます。このトンボがいるということはきれいな水の証明。
いつも見ることができるわけではないので、濱さんいわく「ラッキートンボ」!
この場所は、ちょうど蓼川(たでがわ)と万水川(よろずいがわ)が合わさるところ。
ふたつの流れの境目が見えます。
万水川(写真左側の流れ)は水温が17度、蓼川(右側の流れ)は100%湧き水で水温は14度と、温度が異なるので、混じり合わずにしばらくこのまま流れていきます。これは蓼川が冷たい分重いので起こる現象。某テレビ局の番組「な○コレ!珍百景」に申請中。
ハイ、カットォー!黒澤監督の「夢」の舞台
故黒澤明監督の映画「夢」の第8話の「水車のある村」の撮影が行われたロケ地。当時撮影に使われた小屋がそのまま残っています。撮影のために明治の頃の水車小屋を再現。ロケがなければなかった風景。ここでは笠智衆さん演じる水車小屋の番人が、軍楽隊のような行列の初恋の人のお葬式を見送るシーンが撮影され、濱さんにとっても忘れられないシーンなのだとか。水車小屋の映画ファンにとってたまらない場所を大切にしています。
濱さんも黒澤監督の大ファン。撮影時には見学したんですって。この黒曜石は黒澤監督が実際に座った石。「ハイ、カットォー!!」の掛け声でニッコリです。わさびのお話とあわせて、映画のお話も濱さんに聞いてくださいね♪
もう一つの水スポット
水のきれいな証をもう一つ「親水広場」です。
ブクブクブク〜、水が湧いてる。池の水面を注意深く見ていると、水の波紋の輪があちらこちらでブクブクしています。この池にはアメンボやミズスマシもいるので、その水紋かな、と思ったのですが、池の底から出てる泡が湧き水の証拠。
ここでは水生の昆虫や植物ほか、突然変異した黄色いニジマスも見ることができます。
いよいよわさび田へ!
寒冷紗に覆われたわさび田を下に眺めながら、橋をわたっていよいよわさび堀りへ。
わさびは直射日光に弱いので4月から9月の終わりまでこの黒い覆いで覆ってあげます。
わさびは七陰三陽という日照条件が好ましいと言われていて、70〜85%程度遮光した環境で育ちます。
初恋の思い出の場所です。
実は濱さんの初デートの場所はここ。55年ほど前中学3年生のときに大王わさび農場を訪れ、下級生の女の子ヨシコちゃんに初告白。
ちょっとデレっとしちゃってる濱さんがキュートです。
思い出の場所で働いているなんて素敵だなぁ。
わさびの栽培環境には地形や地面の状態によっていくつかパターンがあり、まずは地形から。ひとつは畳石式(たたみいし式)といって山の傾斜地を段々畑のようににして、水を上から下に流していく方式。伊豆地方のわさびはこの畳石式を採用しているのだそうです。大王わさび農場は平地式。平坦な土地を掘り下げて、畦を作って植え付ける豊かな湧き水を使うのに適した栽培方法です。
そして畦の状態も砂と石があり、わさび田を見たときにパッと黒っぽいのが礫岩(れきがん)、白っぽいのが花崗岩(かこうがん)もしくは、砂づくりということになります。大王わさび農場は黒いので、石づくりの平地式となります。
掘り下げてできた人工的な段差
大王わさび農場はもともと平かった地面を掘ってできました。右のわさび田を掘った土を左に盛っていった跡です。開拓当時はまだ大正時代。大きなマシンもありませんから、全部人力で気が遠くなる作業。
もともと梨田だったこちらの土地。2メートルも掘れば水が湧いてくる豊かで清らかな水と8つの川が注ぐ扇状地の地形がわさび作りに適している、と目をつけたのは初代の深澤勇市さん。わさびの一大産地にするために、所有者が217軒もある土地の買い上げからスタート。次に5ヶ村240戸の農家のみなさんを動員した治水工事。工事は農閑期の冬に行わなければならないため、安曇野の厳しい寒さとの戦いでもありました。当時貴重だった自転車で通うほどの日当を支払ったり、足が冷たく痛いというみんなを「そこをこらえてなんとか」と説得、結束しようやくこしらえた土手です。
初代と2代目の深澤勇市さんご夫婦の銅像があります。「勇市」は先祖から代々受け継いで用いる通り名です。初代はさまざまな困難にもへこたれず「八面大王様、あなたのお宮を立てるつもりです」と祈りながら、わさび田を開拓しました。
わさび農場の中にある八面大王の胴体が近くに埋められていると伝わる大王神社にお参りします。
わさび田は、まんべんなく水が行きわたるように、畝の作り方が工夫されています。
わさびの苗が植えられている畝の間の水流は、実はこれから回っていく掛け水用と排水用に役割が分かれていて、その流れを作り出すために畝の一方は縁の小石を盛り上げ閉じ、もう一方は排水口として空けられています。これによってまんべんなく適量の水がしみこんでいく仕組み。水流は5〜6度くらいの緩やかな傾斜を人の歩くくらいのスピードで流れていきます。これが傾斜のない平地式わさび田の工夫。
仕組みを図にするとこうです。わかりやすい!
川の水ではなく、湧き水を使っているのでわさび田の端っこはこんな感じになっています。盃が浮くくらいの小さな流れ。
そして、わさび栽培にたいせつなのは、なんといってもキレイで生きている水。
大王わさび農場の中にある大王神社の御神水は、名水百選にも選ばれています。
水六訓。
とにかく水を大切に守っています。わさびが採れるところは水がきれいなところ。
わさびつくりに適した温度は10〜15℃、根が腐らないようにベストな水温。
いよいよ、わさび田へ進みます。今回特別にわさび田に入れてもらっています。
この枯れた葉っぱが、わさびの葉が成長している証。十分に栄養を吸い上げた後の葉を見つけて、その下をゴソゴソします。
わさび、採れた!
わさびの学名は「Wasabia japonica(ワサビア ジャポニカ)」といって、名前からわかるように日本原産。アブラナ科の植物です。
海外ではフィンランドや東ヨーロッパで自生している「セイヨウワサビ」もありますがこちらは大根の仲間に近く、チューブ入りの練りわさびはだいたいこのセイヨウワサビが使用されています。すりおろして生で食べるならワサビア ジャポニカが香りがたっておいしい。
大王わさび農場の水は軟水の弱アルカリ性で「水割りに使いたい」とか「ご飯を炊くのに」とこちらに汲み上げに訪れる人もいるほど。
100ml中に含まれる細菌は水道水だと0.7mg以下ですが、ここの水はゼロ、水の色の具合は0度、濁度は0と普通の水道水(色は5度以下、濁度は2度以下)よりはるかにきれいなお水。
わさびの身が顔を出してくれました。
わさびの「身」と書きましたが正確には「根茎(こんけい)」といって地下茎の一種。地中もしくは地表をはって根のように見える茎。わさびの「いも」とも呼びます。
そして、いもの部分からヒゲのように伸びているのが根で、緑の茎のように見えるのは、「葉柄(ようへい)」といって葉と茎を接続している柄です。
この葉柄はだいたい62本出て、そのうちほぼ54本の葉は枯れ落ちて年輪のように積み重なってわさびの「いも」の部分が形成されていきます。
さわび堀りの三つ道具登場!
わさびの三つ道具、おろしと水温計とカッター。掘った後はおろしとカッターが活躍します。
カッターで根や葉柄を切り落とすとだんだんわさびになってきたゾ!
ここ大王わさび農場のわさびは定植後14〜16ヶ月で掘り出されます。種から苗を作るのに6ヶ月、その後定植、二度花を咲かせ(二度花)、収穫になります。大きさは品種によりますが、おおよそ12〜13cmで、大きくなると20〜30cmくらいになる品種もあるんですよ。
わさびを「の」の字で、大きな輪を描くように丸くすりおろすのがコツ。直線的に反復するのではないのですね!
パクッといっときました。あ〜ワサビ
トゥーンと鼻に抜けます。
わさびの辛味は「アリルイソチオシアネート」という成分が作用しています。この辛味は「私をたべると大変なことになるわよ!(イメージです)」とわさび自身が自分を守るために出す成分。切る、叩く、おろす、といったわさびの組織を壊し、刺激を与えることで、辛味が増します。しかしこの成分も4〜5年経つと辛味がつきすぎて自家中毒を起こし、わさび自身を枯れさせていきます。
もうひと口いけます。
わさびの辛味は英語で「シャープ!」と表現されます。鋭くピリッとした後はスーッと去って残らない辛さ。すりおろした後のわさびは揮発性のために口に含んだ瞬間はツンと鼻に抜ける辛味を感じますが、すぐに辛味は無くなります。ダイコンやタマネギの辛さもsharpの仲間。
一方、同じ香辛料の仲間でも唐辛子は「ホット!」。後にひく辛さってことです。
みんなで完食!
深呼吸すればバクバクいけそうなわさびですが、食べ過ぎ注意。
続いてわさび漬け体験へ。
大王わさび農場では、昔ながらの手法のわさび漬けを体験することができます。
わさびの、いもは千切りに、茎(葉柄)は小口切りにそれぞれ切っていきます。
もったいないからヘラの部分のわさび漬けもきれいにこそぎ落として
わさび漬けの辛味が出てくるのを待って、2日ほどたってからいただきます。
大王わさび農場の中にはお店や飲食スペースもたくさんあります。
そして、
大人気のわさびアイス。夏休みの観光シーズンだと長い行列ができます。
こちらの中ではわさびのホルマリン漬けたくさんの資料の展示、映像も流れています。この記念館はどこから見はじめても、一部だけ見てもいいような作りになっていて順路はありません。
わさびは敵がいると、辛くなる!
信州大学のおもしろい実験を教えてもらいました。
わさびの辛味は「アリルイソチオシアネート」という成分が働いている、ということを上に書きましたが、このアリルイソチオシアネート(=AITCと呼びます)は、わさびが自分の身を守るために放出しているのですが、この放出される量がわさびの天敵の虫とそれを捕食する虫によって調節される、ということが発見されました。
葉を食べに来る虫(図だと芋虫)がいる→わさびは守ろうと辛味成分(=AITC)を一生懸命放出する→芋虫を捕食する寄生蜂が寄ってきて芋虫を退治(わさび目線)する、という循環があるんだとか。
これを応用すれば、虫とその天敵の虫を使って、すごく辛いわさびや反対に辛味控えめなど人工的に調節したわさびが生まれるかもしれません。わさびと虫もエライですが、それを発見した人すごい!
しま模様の石は、「層状斑れい岩 」といって、わさび田の治水工事の時にこの地域で出てきた岩。この縞模様は、地下深くでマグマが冷えていくときに結晶化した鉱物が、地層のように?積み重なった結果できたもの。黒っぽいとこ ろは有色鉱物、白っぽいところは無色鉱物が多く含まれています。
他にもたくさんの展示があります。わさび好きなら半日くらい過ごせそうです。
濱さんは、この大王わさび農場 百年記念館の館長でもあります。さぞ生え抜きのわさびのプロエッショナルなんだろう、と思いきやこの大王わさび農場で働きはじめたのは2年前から。元は東京で編集者やライティングのお仕事をしていて、ここが最後のお勤めと故郷の松本に戻ってきました。この大王わさび農場の「生産活性化プロジェクト」に参画し、この百年記念館をプロデュースすることに。こちらの展示物集めや資料の文章書きなどもすべて濱さん作。わさびはもちろん、植物学の知識の獲得に向けて2年間猛勉強!また、穂高の地域の文化や大王わさび農場の歴史など掘り起こし、本物のわさびも掘り起こしながら、2015年8月の百年資料館のオープンに携わりました。
今では大王わさび農場に欠かすことのできない名物「わさびマスター」。
百年記念館のコンセプトは「オモシロクテタメニナル」。
この考え方は戦前の『少年少女国民文庫』の. キャッチフレーズを継承したものです。資料は平易なわかりやすい文章で書かれています。わさびを実際に食べて、農場や加工を見るといった体験とセットになっていて、なるほど!オモシロクテタメニナル。
最初に資料館を見て基礎知識の注入、農場を回って、それからまた資料館でじっくり知る、といったサンドイッチ的な流れだったのがとても良かったです。初恋のお話も聞けたし。
2年後の100年、そして次の100年へ
ここ穂高の土地で採れるわさびは本当に愛されているな、ということを実感。
観光農場としてこの地域へ集客しているだけではなく、わさびという素材を用いたソフトを最大限活用し、役に立つ楽しい勉強の場としても地域の活性化に貢献しています。
濱さん、今日はとても貴重な体験を有難うございました!
(text:西村、photo:市岡)
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